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不思議

 一夜明け。目の下に厚い隈を作りながら、窓の外に浮かぶ朝日を眺めた。

 少し霧がかった空はいつもより日差しが柔らかい。布団の中で少し身じろぎをし、冷たくなった足の指を何度か折り曲げる。


「……」


 死亡。

 あの後、白鳥と看護師さんが病院の外へ一緒に出て行く隙に何とか病室に戻ってくることができた。

 ただ、布団の中で目を閉じたはいいが、一向に眠れそうにはなかった。


「死亡……死んでる……」


 昨夜、何も考えずに過ごしていたという訳ではない。

 クロモの母親。たとえその人が生きていて出会ったとしても、何か事態が好転したということもないだろう。

 俊介は、俺にしか出来ないことがあると言っていた。それを自分勝手にクロモの母親と会うことだと早とちりしていた可能性もある。そもそも、俊介が俺を病院で留まらせるために適当な嘘を吐いた可能性も……。



「……可能性、可能性って……」

 

 憶測ばかりが頭の中で行き交って、思考が風船の様になってしまっている。力を緩めれば、今にでもふわふわと飛んでいってしまいそうだ。

 

「……ウジウジ考えてても仕方ないか。とりあえずギプスが外れるまで後一日。明日、早ければ今日にも外れる。それまでに出来ることを考えないと」


 布団の中から体を起こし、病室の外に出る。まだ早朝近くということもあってか、人の気配は殆どない。たまに通る階段の下から足音が聞こえるくらいだ。


 前向きに行こう。一歩ずつでもいい。


 まずは……俊介が言っていた『俺にしか出来ないこと』だ。

 これは、クロモの母親関連だと断定していいだろう。というかもしそれ以外だった場合、もう時間的に猶予がない。つまり、考えるだけ無駄なのだ。


 次に、『俊介が俺に適当な嘘を吐いたこと』

 これも先ほどと同じで考えるだけ無駄だ。たとえ嘘だったところで、俺に何ができるだろうか?



「となると……うーん、やっぱそうだよなぁ……」


 最後の謎、というかこれが今までの中でダントツにおかしいのだが。

 図書室の居た、『司書さんの意味のわからない嘘?』

 あの人は、まるでクロモの母親らしき人物が生きているような口ぶりで話していた。いくら規約なんかで口止めされていたとしても、人を思い切り誤解させるようなあの話し方はないだろう。

 思考が行き詰る大抵の原因はこれの仕業のような気がする。


 

 廊下の角に背中をゆっくりとつけ、目だけを角から出して向こう側を確認する。図書室と書かれた年季の入ったプレートがぶら下がる見覚えのある部屋だ。

 その部屋の端のカウンターらしき場所には、例の司書さんがちょこんと座っているのが見えた。革張りの文庫本を両手で持ち、読書にふけっている。



 ……こういう時って何て言えばいいんだろうか。あの人

 胸の前で十字を切るイメージをしながら、自分の口から上手いこといい話し方が出てくるように祈る。


「あのー……すみません」


「はい、どうしまし……たか?」


 司書さんが本から顔を上げ、俺と目を合わせた瞬間に少しだけ言葉が詰まる。が、すぐにもとの調子を取り戻して言葉を繋げた。


「朝早い時間から申し訳ないのですが、あのー、昨日の夜桜さんのことで……」


「ああ、はい。」


「言いにくいんですが……その、お亡くなりになってたり……しませんか?」


 一瞬の沈黙が走る。

 司書さんがしおりを挟んでから革張りの本を閉じ、ことりと首を傾げた。



「いえ、今もご存命ですよ?」

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