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全年齢対象子供お断り絵本

 よっぽど隅に目を向けない限り、よく掃除が行き届いている病院内。

 外から入る寿の光に廊下の常夜灯も点いているため、夕方に侵されかかっているといえど全く暗くなる気配はない。

 

 さすが地方都市とはいえ、国に建てられた公立病院だ。五階建ての上に一つ一つのフロアが恐ろしいほど広い。そんな場所を昼から夕方になるまで歩き続けていれば、足が筋肉の重みで動かなくなり始める。

 近くの白い革張りの長イスに倒れこみ、肺の中の空気を口から吐き出す。数秒を目を閉じた後、バッと体を起こした。

 

「……図書室……かぁ」


 天井から細い二本のチェーンで吊り下げられた看板を読む。

 軽く見回して見るが、よくある学校の図書室をそのまま子供用に改造したような風だ。地面には転んでもいいように柔らかい床材が敷かれ、うとうと眠り心地の司書さんが救急箱を横に置いて見張っている。


 重い体を持ち上げ、適当に本棚の間を練り歩く。廊下をただひたすら進んでいるよりは日陰が出来て幾分かマシだった。

 首の骨を鳴らすついでに視線を振り回していると、ふと絵本コーナーの下の段で目が止まる。表紙にクマとウサギとデフォルメされた金髪の女性が描かれた、特徴的といえば特徴的な本だ。


 体をかがめ、指の先で絵本の端を引っ掛けて取り出す。人差し指と中指で挟み込み、近くの机の上に置いて開いた。


 ペラペラと適当に中盤辺りまで読み進めるが、まあこれといって特に何もない平凡な話だ。失恋か仕事か、何かで失敗したらしい女性が力持ちのクマとずる賢いウサギの住む森に住み着いた……。言葉が通じはしないが、二匹と一人で楽しく暮らすといった風だ。


 そろそろ終盤に入ったかというところで、突然挿絵と文章の雰囲気が急変する。

 何やら怪しい猟銃を持った男が、突然森の中に乗り込み、遊んでいた二匹と一人の内のウサギを撃ち殺してしまう。足から胸を一直線に貫き『ちめいしょうだ』と間抜けなひらがなが横に添えられている。


 怒ったクマが男に襲い掛かるが、前足を撃たれて体制を崩す。弾が切れたのか込め直すのが面倒くさかったのか、男はクマの首の根元に刃物を深々と突き刺してしまう。

 苦しむクマをよそに男が女性を無理やり連れ去り、町で結婚したところで左下に『HAPPY END』と添えられて締めくくられた。終わってしまった。




「……何だよこれ」


 今時売れない漫画家でもしないような急展開に、思わず口から漏れだす。作者の名前でも見てやろうと本を裏返したが、明らかに英語でも日本語でもない言語で名前が書かれていた。


「それ、気になりますか?」

「うおっ?!」


 突然背後から話しかけられ、咄嗟に振り返ると、先ほどまでうとうとしていた司書がいつの間にか近くへ来ていた。


「その作家さん、そんな感じの話ばかり書いてるんですよ。看護師さんの中にファンの方が居て、よく寄付されるんです」


「それはまた……何というか、子供が読んでトラウマになりそうですね」


 見た目での推定三十代ほどの黒髪の司書さんは、いかにも話好きな雰囲気を出していた。白い肌をした右手で口を隠しながら、少し笑いを交えて息を吐くように言葉を紡ぐ。


「ええ、ええ! そうですよね? 私も辞めておいた方がいいって言っているのに、()()さんは……」


「夜桜?!」


 思いもよらぬところで出てきた名前に、思わず怒声にも近い張りあがった声が出る。司書さんが目を見開いて驚いたように一度ビクッと肩を震わせたが、すぐに口を開いて話し始めた。


「あー、えーっと、今は夫さんと別れたから別の名前かしら……。お知り合い?」


「ええ。できれば今すぐにでも二人で会いたいほどに知り合いです」


 今自分がかなりヤバイことを言っている気がするが、話の内容から何とか察するに、クロモの親ということだろうか。それならば是非とも一度会って話がしたい。

 そう言うと、司書さんが困ったように少し首を傾げる。


「あの人は、えーっと、今この病院に短期のヘルプで来てて……正確に病院に居る時間がちょっと私にはわからないの。だからと言って住所とかを教えてあげるわけにもいかないし……ごめんね」


「いえ、十分です。ありがとうございます」


 絵本を元の場所に片付けようと持ち上げるが、司書さんがニッコリと笑って「片付けとくね」と言って運んでくれた。深く頭を下げて図書室から踵を返し、自分の病室に向かって歩みを進める。


 とりあえず当面の目標は出来た。クロモの母親に直接会い、話す。話したからと言って何かが決定的に変わるという訳でもないが、とりあえず今よりはよくなるはずだ。

 その前に、先ほどの司書さんは既に夜桜姓ではなくなっていると言っていた。まずは、今の名前を調べ上げるところから始めなければいけない。


「……こういう時、俊介が居たらな……」


 誰かを探るという進め方が分からない作業に、心の焦りが加わり、思わず暗い弱り声が口から出てしまうのだった。

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