模範解答
倉庫の入り口である巨大な両開き式の扉にそっともたれかかり、ギプスの上に落ちた胴色の錆びの粕を息で吹き落とす。完全な夜闇に包まれているおかげか、向こうがこちらに気づく様子はない。扉の影に身を隠しつつ、頭を少しだけ傾けて中の様子を覗き見た。
俊介が何人かの男の影に囲まれ、ランプの光で顔を照らされた白鳥と話しているのが見えた。実際は用途不明の高級耳栓で鼓膜を守り、何も聞こえはしないらしいが。
「……はぁ……」
情けない溜息を口にし、俊介を取り囲む男の影を指を折り曲げて数える。すると、右手の指の五本全て折り曲がってしまう。俊介の奴は閃光弾を使った後に全員叩きのめせと言っていたが、余りにも無茶だ。
覚悟を決めたと返答したはいい物の、やはり情けない思考が浮かんでくる自分に嫌気が差す。三角巾に支えられ、純白のギプスに包まれた両腕はもう殆ど治りかけてはいるものの、やはり完全に思い通りには動かない。神経が通った自分の体のはずなのに、自在に操れない。
重苦しい息を吐きながら、錆びついた扉に体重を預けてもたれかかる。中から聴こえる会話に耳を傾け、腕を支える三角巾を首から外した。人を叩きのめすなんて度胸があるはずもないし、他人を殴ったことさえない。膝は笑い声が聞こえそうなほど震えているし、肩だって小刻みに上下している。
それでも。
瞼を力強く閉じ、肺の中に吸い込んだ空気を深く吐き出す。手に脂汗が染み出し、緊張と怯えで心臓が痛いほどに勢いよく脈打っている。それでも、両腕が折れていようが怯えていようが、絶対に覚悟を決めなければいけない時が必ずある。
パァン!と、山全体に響くような大音量の乾いた炸裂音と共に、鋭い閃光が倉庫の中から飛び出した。扉に背を向けて目を隠していたお蔭で、耳にかすかなハウリング音が響く以外に異常はない。扉の影から倉庫の中に飛び込み、ランプの光からのろのろと離れていく人影に向かって駆ける。床に転がっていた石片につまずいた人影の体を受け止め、ギプスの表面で頬を軽く撫でる。
「おい、俊介!」
「……あぁ?! 馬鹿、何でこっちに来てんだ!?」
俊介が目を薄く開き、怒りの孕んだ声でそう言った。目と耳を押さえてうずくまる不良達の方に視線を一度向け、首を横に振る。
「いくら覚悟決めたって、無理なものは無理! クロモを探してとっとと逃げるぞ!」
よくドラマやアニメなんかで閃光弾の効果が何分も続くと思われがちだが、実際、完全に五感を奪える時間は数秒ほどしかない。今はまだ大丈夫だろうが、次第に感覚が戻り始めるだろう。もし感覚が完全に戻ったときに見つかってしまったら、流石にお終いだ。
「……ま、それだけで十分か。まだ視界が完全に戻ってないから、少しリードしてくれ」
俊介が俺の肩に腕を回し、どっかりと体重をのしかからせてくる。恐怖で震えた足に六十ほどの重さが突然乗ったために思わず崩れかけたが、気合で上半身と下半身に力を込める。模範解答には程遠いが、テストならば温情でマイナス一点と言ったところの答えだろうか。
壁の影に隠れるように小走りで進み、ランプの光が届かない倉庫の奥へと足を踏み入れて行った。




