第三話
黄色と赤の絵の具の上に鉄球を転がしたような惑星。それがレストが目指している『ドヴァ』だ。時折混じり合ったオレンジが広がり、錆びたような青い色をした水源が顔を出している。
「酸素量は十分。重力レベルは地球と同程度。有毒物質の存在は有ですが、近づかなければ問題のないレベル。恒星被害も確認はされず。惑星有毒レベルは極めて低い。自分達には宇宙服もプロテクト光線も必要ないと判断出来ますね。どうなされますか?」
デフォルトはドヴァから送られてきた惑星情報を整理しながら聞いた。情報は他にも宇宙船の停泊場所まで記されており、敵対意思はなかった。
「なら、さっさと返信をしてしまえ。……気分が悪い」とラバドーラは不機嫌に言った。
送られているのは情報交換用の電磁波だけではなく、標準も合わせられていたからだ。少しでも侵略や攻撃の動きを見せたら、レストは一斉射撃によって粉々に破壊されてしまう。今にも問題を起こしそうな二人がいるので、早く臨戦態勢を解いてほしかった。
もう既になにかしでかしていないかと振り返ったラバドーラだが、心配の元である二人の姿はどこにもなかった。
聞かれる前にデフォルトは「お二人なら、身支度を整えていますよ。大丈夫だと思いますが、心配なら様子を見に行かれてはどうですか?」と言った。
デフォルトが安心しているので大丈夫だろうと思ったが、自分の目で確かめるまでは不安要素が残ると、ラバドーラは二人の元へと向かった。
「それ僕のだぞ!」
「いいや、私のだ」
卓也とルーカスはそれぞれズボンの左右の裾を持って、力任せに引っ張っていた。
ラバドーラはためらうことなくズボンの股間部分から真っ二つに切ると、二人は勢い余って壁まで転がっていった。
「なにをするのかね! 私の一張羅だぞ!!」
「僕の一張羅だってば。他に醤油をこぼしてないズボンはないんだぞ。あっても、ケチャップの染みがついてる。そんなのを女の子の前ではけっていうのかい?」
ラバドーラは「くだらないことで言い争う暇があるなら、荷物整理でもしたらどうだ?」と冷たくあしらった。
ルーカスと卓也の足元に転がっているのは服ばかりで、惑星に降りる支度はまったく出来ていなかった。
「僕の支度は一番良い格好をすることだ。宇宙一セクシーな男が、宇宙一セクシーな女性に会いに行くんだからね。ルーカスなんてオシャレする必要ないだろう。異星人差別主義者なんだから、僕に譲ってよ」
「こんな裂かれたズボンなどくれてやる。私にふさわしいのは、もっと威厳にあふれた服装だ。ボロなど着るわけにはいかん」
ルーカスは半分になったズボンを卓也に投げ渡した。
「どうですか? 問題はなかったでしょう?」
ドヴァとの交信を終えたデフォルトがやってくるなり、ルーカスと卓也は詰め寄って助けを求めた。
以前にも同じようなことがあったので、こうなることを予感していたデフォルトは、前もってしみ抜きを終えてシワも取った清潔な服を用意していた。
「これが問題ではないのなら、なにが問題なのか私には理解不能だ……」
「火災も爆発もなし。散らかした服は自分が片付ければいいだけなので、なにも問題はないです。それどころか随分友好的な星人でして、自動帰還ルートまで導いてくれるそうです。宇宙一セクシーな男をとても歓迎しているそうですよ」
「ほら、見ろ!」と、卓也は満面の笑みを見せると、ルーカスとラバドーラに向かって得意げに鼻息を鳴らした。「わかったかい? Dドライブの雑誌がどれだけ広まっていて、どれだけの効果があるのか。僕がいればフリーパスみたいなもんだよ」
「それはがっかりだ……」とルーカスは汚れていない服に着替えるのを止めた。「あんな低俗な雑誌に左右される低知能な星人に構っていられるか。汚れた服で十分だ。なんなら鼻くそもつけてやる」
「悔しいが、同感だな。どう考えても有益な惑星だとは思えない。燃料を補給したら早々に立ち去っていいくらいだ。十分もいる必要がない」
「僕は困るよ」卓也は清潔なシャツに袖を通しながら待ったをかけた。「十分なんていうのは失礼にあたるよ。地球の男がみんなそんなもんだって思われたら心外だろう? 僕には責任もあるんだ」
「早いのを好む星人だったらどうするつもりだ」
「問題なし。その気になれば五分あれば出来る。その気にならくても出来るけどね。そんなことより、どう? 決まってるかい?」
着替えを終えた卓也は、ラバドーラに撮影させるようにグルっと回ってみせた。
「自分で鏡を見たらどうだ? ついでに現実も見るといい」
「そんな……また意地悪言っちゃって……。宇宙一セクシーな男のデータは毎日更新するべきだよ。宇宙の財産だよ?」
卓也がまとわりつくように、もう一度、もう二度と、しつこく回って見せてくるので、ラバドーラは諦めて卓也の姿を撮影した。
「……満足か?」と三秒だけ卓也の姿を投影すると、すぐに元の白い体に戻った。
「え、うそ!! それだけ? まだ今日の僕の笑顔がどうかさえ確認してないんだけど」
「エネルギー不足なんだ。三秒投影しただけでもありがたいと思え」
卓也は不満に眉をひそめるると、バカにするようなため息をついた。
「今のところ、ラバドーラの優秀なとこって見たことないんだけど、本当にL型ポシタムって恐れられてたの?」
「その質問をすること自体、無知な生命体の証だ。普通は――あぁ……もういい」
言ってからラバドーラはうなだれた。たしかに今のところは役立たずに思われても仕方ないからだ。頼りにされたいなどとは毛ほども思っていないが、ポンコツだと思われるのは我慢ならない。いつかどうにか一泡吹かせてやれないかと、考えながら操縦室へと向かった。
いつの間にかルーカスとデフォルトは先に操縦室へと戻っていて、惑星ドヴァに近付いていくモニターを眺めていた。
ラバドーラの様子がおかしいのに気付いたデフォルトは「どうかしたんですか?」と声をかけたが、ラバドーラはなんでもないと操縦席に腰を下ろして惑星の情報を眺めた。
惑星ドヴァからの情報は、レストのレーダーで独自に入手した情報と差異がない。少なくとも目に見える範囲では嘘偽りがないということだ。
敵意がないのなら、別の人物を自分に投影する必要はないだろうと、ラバドーラは白いままの姿でいることにした。
ノヴァに入るまで時間がかかることはなく、卓也が身支度をしっかりと整え終えた頃には、停船施設に着陸していた。
「さぁ、パレードの準備はいい?」と卓也がウキウキした様子でハッチのハンドルに手をかけた。
「低俗な雑誌の購読者に、そんな気の利いたことが出来るわけもないだろう」
ルーカスはもうどうでもいいと、汚れた服のままで卓也を押しのけてハンドルを回してハッチを開けた。
外の光が見えるのと同時に、複数のレーザー光線が発射される甲高い音が響き渡った。
攻撃かと思ったルーカスはすぐさまラバドーラを立てにして、自分の身をいの一番に守ったが、次に聞こえたのは歓声だった。
空には色とりどりのレーザーの残像が見えており、一直線の虹を作っていた。
「わお! やっぱりパレードじゃん」
卓也はルーカスを踏みつけて前に出ると、観衆に向かって大きく手を振った。すると、歓声は一際大きくなった。
ドヴァ星人は皆青い肌をしているので、手を振り返すとまるで南国の海のさざ波のように見えた。
これにはルーカスも調子に乗って、卓也と張り合うように大きく手を振った。
観衆はルーカスにも反応を見せ、さらに張り合った卓也が投げキスを飛ばすと、ルーカスも両手を使って投げキスをした。
そんな承認欲求を満たす争いをしていると、一人の男が数人の護衛を連れてやってきた。おそらく正装だと思われる、肌よりもより濃い青い色をした布の真ん中に穴を開け、頭を通して被ったような服を風になびかせて「お待ちしていました」と深く頭を下げた。「地球の挨拶はこうするものだと調べたのですが、正しかったでしょうか?」
ルーカスは思いついた顔すると「いいや、違う」と言い切った。「膝と手のひらとおでこを地面にこすりつけるのが、正しい地球の挨拶だ」
すると、ドヴァ星人が疑うことなく土下座をするものだから、ルーカスは下卑た笑みを浮かべて手を叩いて喜んだ。
「これはいい……実に気分がいいぞ!」
悦に浸るルーカスに、卓也はため息をぶつけた。
「また余計なことして……。挨拶ってことは、僕らも同じように返すってことだぞ……。ほら、地球の挨拶を返されるのを待ってる……」
周囲には武器を持った警護の者も立っているので、今更冗談でしたは通じない空気になっていた。
さすがに余計なことは出来ないとルーカスは渋々ひざまずいた。手をついて一瞬だけ頭を下げると、今の行為がなかったかのようにすぐさま立ち上がった。
だが、ドヴァ星人は挨拶を返してもらったと判断して、笑み浮かべていた。
「我々ドヴァは、皆様を歓迎いたします。夜にはパーティーを催します。ドヴァの夜は一日の三分の二もあるのです。長い夜になります。それまでは長旅の疲れをお癒やしになってください」と、合図をして大型の飛行車を呼び寄せた。
まるで国賓でももてなされるように丁重な扱いを受けてた三人だが、ラバドーラだけは誰の目にも入っていないように相手にされなかった。
それは用意したという宿の部屋に案内されても同じだった。
三人の部屋は個別に用意されているのに、ラバドーラの部屋はない。
そのことをデフォルトが指摘しても、案内役は首を傾げるだけだ。あまりにもしつこく言い続けると、それがジョークだと勘違いしたのか愛想笑いを浮かべた。
案内役はなにかあれば外にいると言い残して部屋を出ていってしまったので、仕方なくラバドーラはデフォルトの部屋にいることになった。
部屋はお世辞にも整っているとは言えなかった。ベッドらしきものは布が数枚乱雑に置かれており、テーブルや椅子といった家具も生活感のある設置になっていた。
だが汚れているわけではなく、これがドヴァの生活様式なのだろうとデフォルトは受け入れた。綺麗好きな星人もいれば、無頓着な星人もいる。こんなことに文句を言う必要はない。至って普通のことだ。
そうなると気になるのはラバドーラが無視されていることだ。宇宙一セクシーな男に選ばれた有名人の卓也は当然として、デフォルトも、あのルーカスさえも歓迎されている。
ルーカスに至っては化けの皮が剥がれていないだけかも知れないが、ラバドーラを無視する理由にはつながらない。疑問は大きくなるばかりだった。
「おかしいですね……。アンドロイドを知的生命体にカウントしないとしても、何かしら反応があると思うのですが……」
アンドロイドは知的生命体の間で様々な使い方をされているので、道具扱いなのか、玩具扱いなのか、ペット扱いなのか、財産扱いなのか、交流時に取り決める必要がある。
なので、初めから無として扱われている理由がデフォルトにはわからなかった。
ラバドーラは「かまわない」と気にした様子はなかった。「存在が消されているのならば、そっちのほうが動きやすいからな」
「ですが……」
「パーティーに出たところで、出るのは食べ物や飲み物だ。私には必要ない物。その間に倉庫に侵入したほうが有意義だ」
「わざわざ危険を冒さなくても……言えば燃料を分けてもらえるかも知れませんよ? 無理だとしても、友好的な惑星です。不当に高い金額を払わされることはないと思います」
「どうだかな。さっきの乗り物で気付かなかったか?」
「気付いたことですか?」デフォルトは考えたが、何も思い浮かばなかった。「特に不審なことはなにも……座り心地も良いですし、温かく気持ちよかったですよ」
「他に飛行車が移動していたか?」
デフォルトは「そう言えば……」とここに来るまでの風景を思い出した。たしかにラバドーラの言うとおりだった。「手厚く歓迎されていたので、万が一の時ことも考えて通行止めになっていた可能性もありますが……」
「そもそもパレードになること自体、私にとっては不審だがな。だが、それよりも不審なのは――監視カメラが作動されていないことだ」
これにはデフォルトもおかしいと思い「一つもですが?」と聞いた。
疑うことをしないのが風習だとしたら、監視カメラがあること自体がおかしい。だが、わざわざ監視カメラを切る理由も思いつかない。
ラバドーラのようにハッキングする術を持っていないと、こちらから気付くことはないからだ。
「今のところはな。飛行車もこの宿泊施設も監視カメラは付いているが、一つも動いてはいない。飛行車の作りから考えると、技術がない生命体ではないのは確かだ。そうなると、慢性的なエネルギー不足に陥っている可能性がある。そうなればあの飛行車の場所だけでも抑えておかなければな。パーティーなんかに出ている暇はないのがわかるだろう?」
「ラバドーラさんなら、心配する必要はないかも知れませんが……気を付けてくださいよ」
「それはお互い様だ」
ラバドーラは意味ありげに言うと部屋を出ていった。
ドアの横に立った案内役は、ラバドーラに挨拶もしなければ声もかけない。
ラバドーラの足音だけが静かに響いて部屋から遠ざかっていった。




