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惑星迷子  作者: ふん
Season3
56/223

第六話

「悪いけど、僕にはタコの知り合いなんていないよ。でも、その着ぐるみを貸してくれれば、顔見知りくらいにはなれる」

 卓也は初対面だとでも言うような顔で言った。

「あの……卓也さん? 自分はデフォルトです。タコランパ星人の」

 デフォルトは触手をすべてバラバラに動かして、自分は異星人だということをアピールしたが、卓也は精巧に作られた着ぐるみだと判断したので、適当に濁されていると思い不快に眉をしかめた。

「なにがタコランパだ。センスがまったく感じられないね。でも……覚えやすくて妙に耳に残る響きだ。さては……それを狙ってマスコットにつけた名前なんだろ。女の子に興味ないって顔をしながら、よく考えてるじゃないか」

「タコランパというのは自分でつけた名前ではないのですが……。――そんなことより! ここで何してるんですか?」

「実に良い質問だね。僕がなにをしていたか教えてあげよう。チアリーダーの女の子達にちやほやされていたんだ。僕の餌場を食い荒らそうと、君が現れるまではね」

「自分はそんなつもりでは……ここにも無理やり連れてこられただけですし、望んでこうなったわけではないんですよ」

「嫌味かい? 僕は望んで自ら、ここにやってきたわけだけど……」卓也はようやくデフォルトを着ぐるみの口から吐き出すと、短い緑色のドラゴンの腕でデフォルトを力強く指した。「言っておくけど、僕は負けないからね。明日を見てるといい」

 そう言って去っていく卓也を呼び止めようとしたデフォルトだが、ボールがこちらへ飛んできたせいで、肩を掴もうとした触手は届かずなかった。さらに、ボールを追いかけた選手が間に入ってきて身動きが取れなくなっている間に、卓也はどこかへ消えてしまっていた。

 残されたデフォルトは何かがおかしいと感じていた。まるで催眠裁判にかけられていた時のような違和感がある。

 卓也が催眠にかけられているのか、それとも自分が催眠にかかっているのかはわからないが、お互い認識にずれがあるような不気味さがある。これが催眠かどうかは、ラバドーラに会えばわかる。アンドロイドは催眠にかかることはないからだ。一緒にいたラバドーラ。それが催眠が作り出した幻覚ならば話は変わってくるが、少なくともレストにいたラバドーラは本物で、一緒にここへと乗り込んだラバドーラも本物のはずだ。

 この違和感をラバドーラも感じていれば、来た場所へと戻っているはずだ。

 デフォルトは一旦レストへ戻ろとしたが、観客に「ボーッとしてないで盛り上げろ!」と罵声を受け、チームマネージャーから「しっかり仕事をしろ」と怒られ、サボらないように監視されたせいで、フットボールの試合が終わるまでスタジアムから離れることが出来なかった。


 試合が終わり、ミーティングまでしっかり参加したデフォルトは、「君のおかげで久々の勝利だ!! この次も頼むよ!」と賞賛の言葉をかけられていた。

「あの……その……機会があれば……」と答えを濁して立ち去ったデフォルトは、足早にレストへと繋がるハッチ室へと向かった。

 ハッチ室には既にラバドーラがいて、人間の姿で、いかにも不機嫌な表情をして壁に寄りかかっており、デフォルトの姿を見つけるなり「いったいどうなってるんだ!!」と怒鳴ってハッチに拳を叩きつけた。

 強く響く音は、ラバドーラの怒りをそのまま表しているような乱暴な音だった。

「それが……自分にもさっぱりです。ラバドーラさんもその調子なら、前のときのように催眠に掛けられたわけではなさそうですね……」

「いっそ催眠ならよかった……」ラバドーラはため息をついて排熱をすると、人差し指を一本立てた。「手っ取り早く説明するぞ。まず一つ、このハッチはロックが掛けられていて開かない。二つ、エコーを使って調べてみたが、このハッチの先にはレストが存在していない。最後にアホはアホのままだった……」

 ラバドーラはもう一度ため息で排熱すると、なにがあったかを話し始めた。



 ルーカスの放送が終わり、トイレではルーカスへの罵詈雑言が響き渡っていた。「死ね!!」という言葉が一番マシだと思えるほど、口汚く罵っている。

 用を足す必要のないラバドーラはただ便座に座っているだけで、個室から出るタイミングを見計らっていた。

 時間が経つにつれ、個室に入ったのは失敗だったと後悔した。外の様子が見えないので、うかつに動いたら危険だからだ。

 誰もが個室から出られない状況で外に出るというのは、誰かに見つかったときの対処が難しい。言い訳をしても、逃げ出しても、襲いかかっても、どれも大ごとになってしまう。なにも思い浮かばなければ風景を体に投影して、透明人間になって出ていくのが一番安全だが、エネルギーの消費が大きい問題もあるので、乱用は避けたいところだった。

 ラバドーラが考えている間、罵声は鳴り止まずに続いていたが、放送ではないルーカスの生の鼻歌が聞こえると、罵声が悲鳴へと変わった。

 ラバドーラの隣の個室に入ってる女の子が「ちょっとルーカス! ここは女子トイレよ!!」と叫んだ。

「知っている。男子トイレには今しがた寄ったばかりだからな。私は女子トイレに用があってきのだ。ずばりトイレットペーパーを売りに来た。先日――どこぞのバカな女が、すれ違いざま私に向かって『うそー、あのアホ男。未だにあんなの使ってるの? 存在と一緒で無駄なもんじゃん』と言っていたトイレットペーパーだ。果たしてコレは無駄なものかね?」

「いいから出て行きなさいよ!! 警備ロボを呼ばれたいの? というか、もう呼んだからね!」

「なるほど……私をここから追い出す――よかろう。水再生システムが直るまで、トイレに籠もっているがいい。果たして……今日中に直るかどうか……」

 ルーカスはわざとキュッと靴を床にこすりつけて踵を返すと、これまたわざと大きな音を立てて、数えるようにゆっくりと三歩だけ歩いた。

「ちょっと! それは置いていきなさいよ!」

 個室から焦った声が聞こえてくると、ルーカスはニンマリと口元に笑みを浮かべた。

「それというのは、私が持っている、私のトイレットペーパーのことかね?」

「そうに決まってるでしょ」

「なるほど……よかろう。尻が拭けないというのは一大事だからな。ワンロールで給料一ヶ月分だ」

「そんなの払えるわけないでしょうが!」

「なにを言っているのかね……。払うか、私が警備ロボに連行されるかのどちらかだ。まぁ、ケツを拭かずに個室から飛び出てきて、私から奪い取るという手もあるが、そうした場合。君には一生モノのあだ名が付くぞ」

「クソムシが……」と、個室で一人が悔しげにに呟いた。

「おぉ! まさしくそれだ。クソムシのあだ名がつけられるだろう」

「今呼ばれてるルーカスのあだ名がそれよ」

「便座に座ってよくそこまで吠えられるものだ。その場にお似合いなのは言葉ではなく、屁だぞ」

 ルーカスはこの上なく下劣な笑い声を響かせた。誰が聞いてもざまあみろという念が込められているのがわかるだろろう。その笑い声は、警備ロボの警報音が近づいてくるまで続いた。

 ルーカスは「さぁどうするのかね?」と脅すように聞いた。

 皆が悔しそうに息を呑む中。ラバドーラは「なにをやってるんだか……」と勢いよく個室のドアを開けた。

 すると、ルーカスはうめき声とともに、ドアに頭をぶつけてその場に倒れた。

「本当になにをやってるんだか……」

 ラバドーラが適当にトイレットペーパーを個室の中に投げ入れると、次々に感謝の声が響いた。

 ラバドーラにとってそんな言葉などどうでもよく、これ以上問題を起こす前にと思い、気絶したルーカスを運ぼうと抱えた。

 しかし、トイレを出るとちょうど警備ロボと出くわしてしまった。

 警備ロボはラバドーラからルーカスを剥がし取ると、電気ショックを浴びせて無理やり意識を覚醒させた。

 ルーカスは漫画に出てくるような間抜けな悲鳴を上げると、何度も瞬きをして現実の世界を受け入れようとしていた。

 その間にラバドーラは警備ロボを機能停止させた。追ってこられると厄介なのと、このロボットから燃料を取ろうと思ったからだ。

 ルーカスは「嘘だろう……」と大きく目を開けてラバドーラの顔を見た。「まさか……尻を拭かずにトイレから出てきたというのか!?」

「なにを言ってるのよ……。私が排泄行為なんてするわけないでしょう」

 と言うラバドーラの呆れよりも、ルーカスの呆れのほうが大きかった。

「いつのアイドルのつもりだね……。クソをしない女など存在するわけがないだろう。ただでさえ口からクソみたいなことをピーチクパーチク垂れ流すくせに」

「この格好でいるのはバレたら困るからよ。それとも、この姿を忘れたの?」

 ラバドーラは顔をルーカスに近づけた。

 人間の姿を投影しているので、当然ルーカスから人間に見えているはずだ。それも散々いがみ合っていたアイの姿なので忘れるわけはないはずだ。

 しかし、ルーカスの反応は不審者を見る目そのものだった。

「なにを言っているんだ……。私を口説くつもりなら、尻くらい拭いてから来い」

「そう、来たわよ」とルーカスの肩を掴んだ女の子は、ルーカスが振り向くのと同時に拳を頬に叩きつけた。

 ルーカスは不細工な声をあげてその場に倒れ込むと、トイレにいた女の子達が次々と襲いかかってきた。

「貴様ら! 尻を拭いたのなら金を払いたまえ!!」

「誰が払うか!! ちょっと、そこの警備ロボどっかにやって! 気が済むまで自分の拳で殴らないと腹の虫がおさまらないから!!」



「それがその警備ロボですか」

 ラバドーラの話を聞いていたデフォルトは、見るも無残に分解された部品の塊になったものを触手で指した。

「そうだ。余計な構造が多すぎるせいで、探すのにはバラバラにするしかなかった。燃料は見つからなかったが、バッテリーを交換したからしばらくは十分に動ける。エコー機の他にも使えるものがあったら、そのロボから取っておいたほうがいいぞ。どうせ元には戻せないからな」

 デフォルトは一応部品の山を漁るが、頭の中はそれどころではなかった。

 手を止めると「いったいどうなっているんでしょう……卓也さんも、ルーカス様も」とため息を落とした。

「あの二人が催眠に掛けられているということもあり得るが、だとしたらここの説明が付かない」

 ラバドーラ足の先で床をつついた。

 突如レストと繋がった別の宇宙船。そして、そこにいる地球人。この二つはアンドロイドのラバドーラの目に映っているので本物だ。

「お二人の様子からして、記憶喪失とかそういう感じはしなかったのですが……。ふざけてるわけでもなさそうでしたし……」

「アホなのはいつものことだが……」ラバドーラは一瞬言葉を止めて思考を巡らせた。「そういえば……いつものアホが周知の事実だったな」

「ラバドーラさんがそう思ってるから、認識を変えられないだけでは?」

「私じゃない。周りの地球人もルーカスをアホだと思っていた。今日昨日知ったアホではなく、ずっと前からうんざりしてるアホを相手にするようだった」

「そういえば……」とデフォルトも思い出した。

 卓也は着ぐるみに入ってフットボールのマスコットになり、女の子と仲良くなる計画をずっと前から立てていると言っていた。脱獄してからレストの中にいる間では、そんなことを計画できる時間はなかったはずだ。

「卓也さんも前からここで生活しているような様子でした。少なくとも今日、こちらに移動してきたわけではないはずです」

「もう少し調べて見る必要があるな。幸い私達は両方自由に動けるようになった。手分けをした方がいいだろう。まずはこの船の構造を調べたい。マスコットより、人間として動ける私のほうがいいだろう」

「そうですね。自分がフラフラしてたら目立つので、長距離移動はしないほうがいいかもしれません。場にそぐわない格好だと言い訳が効きませんし。自分は今日行ったスタジアム周辺で、お二人の情報を集めてみることにします」

「私を囚えていたあの惑星に比べれば、ここの警備はザルだから、そう心配することはないと思うがな」

「ですが、気をつけるに越したことはないと思いますので。集合場所はここでよろしいでしょうか?」

「他に安全場所が見つかるまではここしかないな。レストと再び繋がる可能性もゼロではないからな」

「そうですね。一パーセントでも可能性を上げるために、明日は頑張りましょう」

 デフォルトは触手の先を丸めると、拳を作るようにして力を込めた。






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