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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
終わりと始まり

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勝者たちの雑談

「それでは、こちらでもうしばらくお待ちください。私は後片付けをして参りますので」

「はい。分かりました」


 生で見る喜多嶋のピエロ顔。モニター越しに見るよりも遥かに醜悪で滑稽だ。

 私――神楽耶江美は笑顔で喜多嶋を見送りながら、そんな感想を抱いていた。

 少しは予想していたけれど、最後は東郷と鬼道院が同時に眉間を銃で撃ち抜き、相打ちになったと聞かされた。

 鬼道院は『記憶改竄』を始めとして強力なスペルをいくつか保持しているようだった。そして東郷も、即死スペルと言える『自殺宣告』を持っていた。二人が本気で殺し合ったのなら、この結末を迎えても不思議ではない。

 喜多嶋が館の中に消えてから、私は自身の腕に取り付けられたある物に視線を落とした。

 救助(?)が来てすぐに取り付けられた銀色の小さな腕輪。喜多嶋によると、この腕輪を着けている間はスペルの使用ができなくなるらしい。

 試しに取れないか弄ってみるも、当然外れない。

 早々に無駄な抵抗は止め、私は目の前の待機場所に視線を移した。

 機体が真っ赤に染められたヘリコプター。これに乗ってしまえばもう逃げることが叶わなくなるだろうが、周囲には喜多嶋が連れてきた運営の下っ端共がうろうろしているため、乗る以外の選択肢はもとよりない。

 小さく溜息をついてから入り口に足をかけ、中に入る。

 入ってすぐ見知った顔を見つけ、私は笑顔で声をかけた。


「秋華さん、生きていたのですね。無事ゲームクリアおめでとうございます。初日に見た時から全くお変わりないようで何よりです」

「どうもです。そういうあなたは初日に見た時と随分雰囲気が違いますね。今まではずっと演技をしていたのですか?」


 どこから見ても小学生としか思えない童顔を傾げ、秋華が聞いてくる。

 初めて会った時から、彼女がただ者でないことは何となく察していた。演劇の場でたまに見かける、常人とは違う世界を見つめる怪物たち。いわばセンスの塊とでも言える彼らに、彼女の雰囲気は酷似していた。

 だから……というと何か違う気もするが、彼女が今この場にいることに対して驚きはない。

 私は笑顔を崩さず、彼女の言葉を肯定した。


「はい、そうですよ。純情可憐な少女を装っている方が、男性陣は優しく接してくれますから。殺人ゲームに巻き込まれたと分かったと同時に、すぐあの演技をしようと決めたんです」

「騙していたことに罪悪感はないのですか? 東郷さんは心の底から、あなたを助けるために戦っていたと思うのです」

「殺し合いを行うゲームで、人を騙すことに罪悪感を持つなんてのは偽善ですよ。本当の善人なら人を殺さず自殺するか、宮城さんのように正々堂々と立ち向かって死ぬしかありません。それに最後鬼道院に殺されることになったのは、東郷さん自身のミスですし」

「……」


 秋華にしては珍しく、言葉を返さず顔を俯ける。

 今の言葉のどこに彼女が口を閉ざす理由があったのかは分からない。けれどそんなことはどうでもいい。もう既に、キラースペルゲームは終わったのだから。

 私は椅子に腰かけると、きょろきょろと辺りを見回した。


「まだ六道さんは来ていないんですね。冷凍庫に閉じ込められたと聞いていたので、真っ先に助け出されたのかと思ってました。それとも運営は、このまま六道さんを殺すつもりなんですかね?」


 何気ない問いに、秋華は顔を上げ私の隣を指さした。


「六道さんなら既にそこにいるのです。今はだいぶお疲れらしく、ぐったりしているようですけど」

「私の、隣?」


 左右を見渡しても、六道の姿などない。そもそも大して広くもない機内で、人一人を見落とすことなど考えられない。実は彼は既に死んでいて、彼の霊が私の隣にいるなどと言うスピリチュアルなことを言われているのだろうか?

 困惑して秋華にどういった意味か聞こうとしたところ、ふと異様な光景が目に映った。

 スペルを封印するという銀色の腕輪が、宙に浮いていたのである。

 唖然と腕輪を注視していると、そのすぐ真上から、六道の弱弱しい声が聞こえてきた。


「やあ、神楽耶さん。ゲームクリアおめでとう。僕もすっかり君は巻き込まれたただの一般人だと思ってたから、正直今とても驚いてるよ。アカデミー賞並みの凄い演技力だったね」

「は、はあ、有難うございます……って、六道さんどこにいるんですか? 声は聞こえますけど、姿が見当たらないのですが……」

「ああ、僕さ。スペルの力で透明人間になっちゃったから。姿は見えないよ。まあ、こうして触ることはできるけどね」


 微かに空気が動いたかと思うと、左手の小指を握られたような感覚が。勿論私の小指を握る手など影も形もない。

 今この状況で彼が嘘をつく理由はなく、そのスペルであれば姫宮や佐久間が使用しなかったことにも納得がいく。

 私はすぐに疑うのを止め、小さく頷いた。


「そうだったんですか。でも、今も透明化しているということは、もしかして元の姿には戻れなくなってるんでしょうか? それとも私を驚かせたくて敢えて透明化を?」

「残念ながら、前者なんだよねえ。一度使うと二度と元には戻れなくて。はあ、東郷君と鬼道院さんが相打ちしてくれたおかげで命拾いできたけど、お先真っ暗だよ。何とか隙を見て逃げられないかなあ。でも逃げてもこんな体じゃまともな生活なんて無理だし……はあ」


 生気の抜けたため息をつき、六道は沈黙する。

 どうにも初めて会った時と少し印象が違う気がする。とはいえ、彼の今後を考えれば、今のように弱気になるのは無理のないことではあるだろうけど。

 どこかどんよりとした空気が機内を漂い始めたため、私は話題を転じることにした。


「それにしても、六道さんのスペルは透明化する能力だったんですね。因みに私のスペルは相手の背後に瞬間移動する能力でした。他の方のスペルって一体どんなものだったのでしょうね?」

「それなら、ここに書かれているのです」


 秋華は真横にあった収納スペースから一枚の紙を取り出し、渡してくれた。

 ざっと目を通すと、そこにはゲーム参加者の名前と、対応するスペル名がセットで書かれていた。


「へえ、秋華さんのスペルは『過剰防衛』ですか。これは使いようによっては凄い面白いスペルですね。というか秋華さんにぴったり。ここまでどう勝ち残ってきたのか、何となくイメージできちゃいます。あ、鬼道院さんのスペルって、屍と書いて『屍体操作』だったんですか。間違ってスペル唱えちゃいましたけど、イメージと読みが同じならスペルってしっかりと発動するんですね。それでそれで佐久間さんは『身替地蔵』。野田さんは『完全複製』。真貴ちゃんは『毒物添加』。橋爪さんは『人体破裂』。一井さんは『武器創成』。架城さんは――ああ、彼女らしいスペルですね。どれも使ってみるの面白そうだし、真面目にゲームに参加した方が楽しかったかなあ。でも東郷さんを誑かすのも楽しかったし、ゲームにも勝ち残れたからやっぱり最善手だったよね」


 名前とスペルの明記された紙を秋華に返し、私はぐっと伸びをする。

 口にしただけで、その言葉を現実に引き起こせる魔法の力。ゲーム中は相手を殺すための手段でしかなかったが、終わってから考えるとたくさんの使い道が思い浮かび、ワクワクしてくる。

 例えば橋爪の持っていた『人体破裂』なら、癌細胞だけを狙って破裂させ癌を完治させてしまうとか。

 例えば一井の『武器創成』であれば、アニメでよく見る超高性能人型ロボットが作れそうだ。

 『屍体操作』をもし鬼道院が外で使ったりしたら、あの雰囲気も相まって世界で一番の宗教団体を築き上げることも可能かもしれない。

 ここに書かれているスペルだけでもいくらでも妄想ができてしまう。実際にはこれ以上のスペルが存在しているのだろうし、考えれば考えるだけ興奮が止まらなくなる。

 と、今更ながら元運営人がこの場にいたことを思い出す。

 私はおそらく六道がいるであろう方を見つめ、口を開いた。


「六道さん、このゲームで使われた以外にもキラースペルってたくさんあるんですよね? 既にリアルで実用化されているようなスペルとか、そうじゃなくても役に立ちそうな面白いスペルがあるなら教えてくれませんか? それから少し気になってたんですけど、六道さんって冷凍室に閉じ込められてたはずでは? よく今寒そうにせず、平然と話せてますね」


 どうでもいいことだけれど、姿がさっぱり見えないということは今六道は裸だと思われる。もしかしたら『透明人間』のスペルを使う際、着ていた服もまとめて透明化した可能性もあるだろうけど……まあこの点は置いておこう。きっと彼も触れられたくはないだろうから。

 勝手に憐憫の視線を向けてみる。

 勿論そんな私の思考は伝わらず、足でも組み替えたのか微かに空気が動いたかと思うと、先と変わらぬ位置から六道の声が聞こえてきた。


「僕の知っている範囲では、まだ一つとして世間で利用されてはいないかな。こうしたゲーム兼実験の時や、あとは『杉並』のメンバーがたまに使っているくらいでさ。この力の原理が今の科学ではさっぱり太刀打ち出来ないモノだから、とにかく慎重に扱われている。それでまあ、役に立ちそうなスペルとしては、『完全治癒』なんてスペルがあるかな。これは神楽耶さんの三つ目の質問の答えでもあるんだけど、キラースペルゲームの勝者に与えられる特典の一つとして、『完全治癒』のスペルでけがや病気を治してくれるっていうのがある。だから僕も、そのスペルのおかげで凍死寸前の状況から生還できたわけだ」

「『完全治癒』……。どんな病気や怪我も治せるんですか?」

「基本的にはね。ただ老化が原因で生じるような病気は治療できなかったはずだよ。あとたぶん質問されると思うから先に答えるけど、『死者蘇生』や『不老不死』と言ったスペルは存在していない。というより成功した試がない。ここら辺の可能不可能については目下全力で調査中。まあ、さっぱり進展はなかったと思うけど」

「意外と使えるスペルは限られてるんですね」


 何でも叶う魔法の力、というわけでもないらしい。破格の能力であることは疑いようがないけれど、少しだけがっかりしてしまう。

 もしうまく運営に取り入れたら、スペルの力で彼を蘇らせて、また遊べるかと期待していたのに。

 小さく溜息を一つ。すると、今まで黙って話を聞いていた秋華が、唐突に六道に質問した。


「私からも一つ質問があるのです。おそらく六道さんなら答えを知っていると思うので、是非答えていただきたいのです」

「別に構わないけど、一体何かな?」


 見えない六道にしっかりと視線を合わせ、秋華は眠たげな瞳で尋ねる。


「三日目の宮城さん殺害の件についてです。あの場面、『身替地蔵』というスペルを六道さん姫宮さん佐久間さんのどなたかが唱え宮城さんを殺害したと思っているのですが、実際にはどなたが宮城さんを殺したのでしょうか」


 微かに空気が動き、「ああ、その件か」とすぐに答えが返ってくる。


「宮城君を殺したのは僕だよ。お恥ずかしい話、あの時の僕は完全に姫宮さんの虜になっていてね。彼女には極力人殺しをさせず、そしてピンチになったら必ず助けることを約束していたから。あの時、このままじゃ『虚言既死』が彼女に発動してしまうと思って、咄嗟にスペルを唱え嘘の言葉を囁いたんだ」

「へえ、あそこでスペルを唱えたの六道さんだったんですか。少し意外です」


 初めて知った情報に、私も驚きの声を上げる。私と東郷は彼がカウンタースペルを持っていると考え行動していたが、それは杞憂だったらしい。

 六道がカウンタースペルを持っていないと知っていたなら、あそこまで慎重に動く必要もなかった。ここでの失態は、真貴ちゃんの魅力を低く見積もっていたことだろうか、それとも六道の実力を高く見積もり過ぎていたことだろうか。

 注意深く観察していれば、六道が真貴ちゃんに心底惚れていることは見抜けたはずなのに。ちょっとばかりぬかったなと、やや後悔する。

 一方、質問をした秋華本人はじっと六道の方を見つめるだけで何もコメントをしない。かと思うと急に立ち上がり、


「そうですか。では失礼するのです」


 ゴツン。

 思いっきり六道の頭(?)を殴った。

 まさかの行動に、私も、おそらく六道も驚いて動きを止める。

 そんな私たちを気にすることなく秋華は席に座り直すと、殴った手をさすりながら、無感情に言った。


「もう、暴力をふるっても殺されることはないのですよね」






 秋華の意図不明な行動により、どうにも気軽に話しづらい雰囲気が形成されてしまった。もとより無理に仲良くする必要はなく、私もそれ以降は特に口を開かず窓の外を眺めることに。

 窓の外では運営の下っ端たちがせっせと働いている。私たちを逃がさないよう監視を行う者、大型のトラックに死体を運ぶ者、佐久間によって未知の毒を塗られた可能性のある品々を並べている者。

 彼らの姿を眺めながら、この先自分はどうなるのだろうと思いを巡らせる。ヘリで移動させられるということは、殺されることはないと考えてもよさそうだ。しかし、元の生活にすんなり帰してもらえるとは到底思えない。

 ゲームの運営をする者として何か役職でも与えられるのか。それともゲームの被験者として実験動物のような扱いを受けるのか。

 もともと退屈な日常に飽き飽きしていたため、生活環境が大きく変わることに文句はない。演劇の世界よりもこちらの方が命がかかっている分より刺激的だし、面白い画もたくさん見れるだろうから。

 ただ、このまま彼らの思い通りに動くというのにはとても苛々する。

 そもそも私は本当に友人を殺しておらず、喜多嶋の言っていたことは真っ赤な嘘である。人ごみに紛れ友人を線路に突き落とした? 馬鹿々々しい。彼女は――アカネは勝手に死んだのである。

 勝手に私に惚れて、勝手に恋人だと名乗り、勝手に振られたと思い込み、勝手に自殺を選んだ。

 おそらく監視カメラの映像から私が彼女の死体を見て笑っているのでも見て、私が殺したと判断したのだろうが、それは思い違いだ。あの時私が笑ったのは、うまく厄介払いができたからではない。彼女の生き様が最後の最後まであまりに無様で滑稽だったがゆえに、苦笑を禁じえなかっただけである。

 鬼道院が言っていたような選定基準だけであれば別に文句はなかったが、この勘違いゆえに連れて来られたのだとしたら、苛立ちも倍増だ。

 やはりこのまま素直に従い続けるのは、断固として拒否したい話である。

 ふと、もしここに東郷がいたらなどと言うことを考えた。

 私の演技に騙されていたとはいえ、彼が私のために命懸けで戦っていてくれたことは事実のよう。いや、鬼道院の口ぶりからすると、演技だと知ってなお私のことを救おうと考えていてくれたらしい。

 悲しいなんて感じない。

 でも、彼が生きていないことを惜しいと思う気持ちはある。

 もし彼が生きていて、私が改めて助けを請うたのなら。彼は私を救うための策を、必死に考えてくれただろうか。

 記憶の中の東郷は、どれも陰鬱な顔をしていたけれど、どこか頼もしさもあって……。


 ――ああ、こんな感傷的なのは私の性格じゃないんだけどな


 自嘲気味に心の中で自分を嗤う。すると、喜多嶋が帰ってきたのか、ドアを叩く音が聞こえてきた。


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