協力要請
『過剰防衛』
明が予想していたスペル名は『超過報復』だったため、意味合いとしてはほぼ同じ予想通りのもの。
ただのカウンタースペルとは違い、自身が被る怪我を防ぐことはできない。その代り、自身が負ったダメージの倍以上の痛みを相手に返すことができる力。
あっさりと自らのスペルを口にした秋華は、腰かけていたベッドから立ち上がると、窓の近くに移動した。
そして唐突に、「東郷さんはこのゲームの必勝法は何だと思いますか?」と、質問を投げかけてきた。
予想外の問いかけではあるものの、元から秋華が今何を考えているかなどさっぱり想像できていない。
明は深く思考せずに、自身の考えを告げた。
「必勝法なんてものはない。そんなものがあった時点でゲームとして破綻するからな。ただ、強いて俺が取った作戦を言うなら、殺せるときにとにかく殺すことだ。出し惜しみして殺されるのが一番無様だ。具体的な策があるなら別だが、そうでないなら自分の手持ちは早々に使い切る。勿論、自分が有利になるようなタイミングと使用法でな」
「成る程です。確かにそれも作戦としては悪くないと思うのです。実際東郷さんはここまで生き残れているのですから、説得力も高いのです。でも、必勝法と呼ぶには程遠いのです。東郷さん。そもそもあなたが考える、自身が有利になる展開は一体何なのですか?」
窓の外に視線を向けたまま秋華が言う。
完全に無防備な背中であるが、秋華のスペルを考えれば危害を加えることなどできない。いや、危害を加えるだけならおそらく問題はないのだが――と、そこでようやく、明は彼女の言いたいことを理解した。
何気ない動作一つ一つに、相手に気づきを与える意図がある。やはりこいつがゲームルーラーで間違いないと、確信を新たにして明は口を開く。
「……そうだな。有利な展開とは、周りが勝手に殺し合ってくれる展開に他ならないな。そして当然、その基盤となる考えは――」
「狙われないこと、ですよね」
明の言葉にかぶせるようにして、秋華が言う。
その言葉を聞き明が口を閉じると、秋華は淡々と言葉を続けた。
「そして、狙われないための主な方法は二つです。
一つは、敵に回しても怖くないと思わせ、狙われないようにする。つまり、自身を殺す価値もない弱者に見せかける方法。
もう一つは、敵に回すのは危険だと思わせ、狙われないようにする。つまり、自身を厄介な強者に見せかける方法、です」
「絶対に相いれない二つの方法に思えるが、その二つこそが今回のゲームでお前がとった必勝法なわけだ。まずは自分のキラースペルを相手に教え、かつ相手の発案に素直に従うことで愚者を演出する。お前の場合は特に、容姿だけでは強者に見えないからな。完全犯罪を成し遂げたと考えている自信家共には、容易にそのイメージを植え付けることができたはずだ。そしてそのあと、自分のキラースペルが死後でも働く可能性をちらつかせることで、殺すのは危険な厄介者だと思わせた。ここでも感情が見えづらく、死に恐怖を感じていなさそうなお前の容姿は一役買ったことだろう。
つまり、このゲームだからこそ可能となった二つの『狙われない方法』を駆使して、お前はここまでゲームを誘導してきたわけだ」
自身を殺した者に対し、過剰な制裁が下るようにスペルを唱えておく。それにより、暴力に対して抵抗する術を一切失うが、代わりに殺すことを躊躇させられるようになる。
これを藤城がやっていればただのハッタリと捉えられ、あっさり殺されていた可能性が高い。しかし何を考えているのかさっぱり分からない、得体の知れぬ狂気を感じさせる秋華がやれば、その効力は絶大。
まして三日目。宮城による正義の使者の裁判で、彼女自身が裏切り者に対しどんな仕打ちをするのかが、全プレイヤーに事実として知れ渡った。それにより彼女の言をはったりだと否定する隙が、ほぼ消滅した。
その結果、誰にも自身を狙わせないという必勝法が、虚構ではなくなった。
明は、彼女が辿ってきた道筋を諳んじる。
「ゲーム開始と同時に、館の中を動き回ってその構造を把握。それと並行して他プレイヤーとの接触を図り、仲間にしやすい人物の品定めを行った。
メインの仲間としては一井、野田を選び、二人の仲を取り持ちつつ野田の計画に協力。また一方で二人とチームを組むことによって得たスペルを一部流すなどして、橋爪や架城辺りとも裏で繋がっていた。一方的にスペルを渡し、その他情報を届けてくれる便利屋を殺す奴はいない。まして自爆装置付きの危険な奴。殺さず泳がせようとするのは自然な発想だ。
次にお前は、宮城に正義の使者の裁判を行わせた。結果としては『虚言既死』というこれ以上ないスペルをあいつが持っていたわけだが、そうでなくともあの正義の使者の前で嘘をつくのは至難。正義の使者を利用して、自身がどういった人間であるかを皆に知らしめ、『過剰防衛』がハッタリでないことを裏付けた」
秋華が大広間での自己紹介前から、他プレイヤーと顔を合わせていたことには察しがついていた。彼女と明たちが出会ったのは連絡通路でのことであり、秋華はその後すぐ別館に戻っていた。まさか本館を見て回らなかったとは思えないため、六道と姫宮と話していたことには容易に想像がつく。これは秋華の自己紹介の際、姫宮が何の前置きもなく下の名前で呼んでいたことからも補強される。さらに言えば、鬼道院の部屋にわざわざ秋華が訪ねたこともあったらしい。彼女が他プレイヤーの下見をしていたのは間違いない。
架城と秋華の関係はよく分からないが、橋爪に武器を渡したのが秋華であることもほぼ確実。死んだふりをした野田が橋爪に直接スペルを渡すとは思えず、また一井がこの役を担った可能性も低い。もし一井が橋爪にスペルを渡したとすれば、橋爪は広間で自身が一井に狙われることはないと考えていたはず。野田以外誰も殺されていない状況で、わざわざ一井を殺すようなことはしなかっただろう。
そしてまた、宮城の行動に秋華が関与していた可能性も非常に高い。宮城は自身が善人だと考えている相手にのみ敬称を用いているようだった。そして彼がその呼び方をしていたのは神楽耶と秋華の二人だけ。神楽耶に宮城を唆す暇などなかったため、彼にあんな無謀な行動をとらせることができたのは、秋華であったと推定できる。
ここまでの道筋に何か訂正はあるかと、明は秋華の横顔にじっと視線を投げかける。訂正がないのか、答える気がないのかは分からないが、彼女は特に何も言ってこない。
明は引き続き彼女の行動を口にしていった。
「そして四日目。正確な時間は分からないが、お前は野田から聞いていた複製のスペルを使い、自身の分身を作り出した。そうした上で野田に『記憶改竄』のスペルを使い、自身のスペルを誤認させ、殺しても問題ないと思わせた。以降本体は部屋の中に隠れ、分身が野田の計画に協力。野田の指示に従い、人目のつかない場所へ姫宮を誘導。本来はそこで姫宮だけを殺すはずだったが、お前のスペルを誤認している野田はついでに分身も殺してしまった。またこれも野田の指示によるものと思われるが、二人が死んだ際にアリバイのないものがいない状況とならないよう、鬼道院には単独行動をとってもらうよう誘導しておいた。
分身が殺された後は、ゲーム終了まで本体であるお前は部屋の中に潜み続けるだけ。存在を認識されないという『狙われない』の最終形態まで持っていき、ゲームの完全攻略を達成した」
「残念ながら、達成はできなかったわけですけど」
くるりとこちらを振り返り、秋華は眠そうな瞳で言う。
全く感情の読み取れないポーカーフェイスに、素早く的確な受け答え。彼女がこのゲームにおいて特筆した適性を持つことは疑うべくもない。
しかし、それでも。
彼女と対面した者の中に、一瞬たりとも侮らずにいられる者がいただろうかと、その瞳を見て思う。
純真。無垢。空虚。虚脱。
常人には理解できないその瞳から今度は目を逸らさず、明は最後に問いを投げかけた。
「ここまでの流れに間違いがない自信はある。だが、疑問がないわけじゃない。そもそもどうしてお前は野田に『記憶改竄』のスペルを唱えたのか。あいつの作戦にあのまま素直に従っていても、ゲームを勝ち残れる可能性は低くなかったはずだ。それに記憶改竄を唱えるなら、野田の記憶から自分を抜いておくだけでもよかったはず。なぜ分身を作り、その分身を殺させるようなことをしたんだ」
明の問いかけを聞いた秋華は、数秒虚空に目を向ける。それから唐突に、自身の左手を顔の前に翳した。
小学生のように小さく可愛らしい左手。しかしその手は、小指だけ不自然に折れ曲がり、赤く腫れあがっている。
何事かと緊張した面持ちで眺めていると、秋華は折れた小指にそっと手を添えた。
「指を折るだけでは、気が済まなかったのです。だから私自身にも一度死んでもらおうと思いまして。でも、やっぱり死ぬのは怖かったので、代わりに分身に死んでもらったのです。あと野田さんにスペルを唱えたのは、彼に腹が立っていたからです。彼は最初から私のことを見下した態度を取っていて、とても気分が悪かったですから。少しでもゲーム攻略を不利にしてやろうと、意地悪をしたのです」
「……何を言っているのかよく分からないところもあるが、取り敢えずお前は野田を裏切っていたわけだ。となるとやはり、宮城が死んだ後俺たちの部屋を来訪した理由は、野田の存在を示唆するためだったわけか」
小指から手を放し、秋華はこくりと頷く。
「あれはあの場の全員が藤城殺害を否定できたことに、もう一度疑問を持ってもらうためにやったのです。もしそこから野田の存在に気づく者がいれば、うまい具合に殺し合ってくれるだろうと考えたのです」
「お前からすればどっちが死んでも損はないからな。俺もまた、まんまとお前の策に乗せられていたわけだ」
つくづく秋華の掌の上だったことに、明は大きなため息を吐く。
しかしすぐに顔を上げ、「もう一つだけ質問だ」と口を開いた。
「お前が知っているかどうかは知らないが、野田の奴は自身が作った分身に逆に殺されていた。それに比べ、お前の分身はしっかりと身代りになっている。一体どうやって従わせたんだ。それともまさか、お前も偽物の方なのか?」
秋華は小さく首を横に振る。
「私は本物なのです。分身が私の指示に従順だったのは、スペルで作り出すとき絶対服従してくれる分身をイメージしたからだと思うのです」
「……野田はそんな大事なことをイメージし忘れていたのか。やはり優秀とは言い難い奴だったな」
一時でもあんな奴をゲームルーラーだと考えた自分が馬鹿らしく思えてきた。むしろそんな奴の策にはまりかけていた自分達に、苛立ちすら感じてきそうだ。
眉間に皺を寄せ宙を仰ぐ明。
秋華も口を開かず、ただ黙って明を見つめてくる。
そんな奇妙な時間が一分近く続いたのち、唐突に秋華は口を開いた。
「もう、お話しは終わったようですね。私のスペルを含め、あなたがこのゲームのほぼ全てを把握している優秀な人物であることは伝わりました。
それで、そうまでして、結局私に何をお願いしようとしているのですか?」
「……お願い?」
「別にとぼけなくていいのです。もし単に殺すだけなら、こんな説明なんてする筈ないのです。わざわざこんなことをしているのは、自身の有能さをアピールして、これからするお願いを呑んでもらいやすくするためでしょう? まあそうでなく、これから私を殺すというのなら、それ相応の覚悟をしておいて欲しいのですけど」
見た目には何一つ変化がないのに、どろどろとしたような体にまとわりつく何かが空気を漂い始めたのを感じる。
――何から何まで、とことん人間離れした奴だ。
明は小さく溜息をつくと、軽く首を振った。
「安心しろ。お前の予想通り、殺すつもりはない。お願い、というより協力要請をしたかったんだ。
単刀直入に言うが、俺はこのゲームの主催者どもに復讐しようと考えている。だからこのゲーム終了後、俺と鬼道院、どちらか生き残った方に協力してくれ。四大財閥を相手にするには、こんなゲームですら必勝法を考え付いたお前の力が必要なんだ」
どうでもいいですが、秋華さんの考えた作戦は元ネタがありまして。とある漫画からそのまま拝借した感じでして。というかこのゲーム自体その漫画から思いついたものだったり。心当たりある人いますかね? 好きな漫画なんで、もし分かる方いたら語り合いたいところです。




