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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
終焉の銃声響く五日目

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怨念

 勿論これは明のハッタリ。この状況で銃を用いて佐久間を殺す行為が、ゲームを盛り上げる行為になるとは思えない。

 喜多嶋の言葉が嘘でないのなら、高確率で明はペナルティを負うことになる。

 故に発砲はただの脅し。こちらにもまだ武器が残っていることを示し、佐久間の動揺を誘うことが目的であった。

 そしてその目論見は――想像以上に成功した。


「う、うわああああああああああああああああああああああああああ!」


 銃で撃たれた。その事実に気づき、佐久間は大声を上げて全力で逃げ始めた。

 逃走する佐久間の後姿を、明たちは唖然と見つめる。


 ――驚かれることは予想していたが、まさか悲鳴を上げて逃げ出すとは。


 佐久間の姿が視界から消える。

 追うべきか、それともこれを機に一度撤退するべきか。

 ここで追わなければまず間違いなく銃がブラフであることを見抜かれるだろう。かといって追っても佐久間を倒す決定打がない。『記憶改竄』を使って無力化したり、『死体操作』で宮城の死体を動かし殺すことはできなくはないだろうが、ゲームクリアを前提とするならどちらも使いたくはない。

 とはいえ、使わなければ殺される危険性が高い。やはりどちらかのスペルを用いて佐久間を殺しておくか、もしくは鬼道院に助けを――

 明はどう動くべきか逡巡し、顎に手を当てて静かに考え込む。すると隣から突然、「早く佐久間さんを追いかけましょう」という声が耳に届いた。

 思考を打ち切り隣を見ると、敢然とした表情の神楽耶と目が合った。「なぜだ?」と理由を尋ねる前に、神楽耶は小声で考えを述べ始めた。


「今追いかけないと、東郷さんの持つ銃では人を殺せないことがばれてしまいます。そしたら今度こそ、佐久間さんに殺されてしまうかもしれません」

「それは分かっている。だが、追いかけた所で結局奴を殺す術がないだろう。先の動きを見るに、『死体操作』で死者を操ろうともうまく操作できなければあっさりと壊される恐れがある。『記憶改竄』にしても奴のカウンタースペルがある以上、失敗するリスクが高い。それに既に話した通り、このどちらのスペルもできれば使用したくは――」

「スペルは必要ありません。銃で脅して、佐久間さんを仲間に引き込めばいいんですよ」

「なに?」


 予想外の提案を受け、明は驚きの声を漏らす。

 一方神楽耶は、早く佐久間を追いかけたいと考えているためか、早口で言葉を紡いだ。


「佐久間さんの先ほどの推理を聞いた限りでは、私たちが鬼道院さんからスペルを受け取り、実質的にチームを組んでいることまでは知られていないようでした。ですからこの状況で私たちが佐久間さんに仲間になるよう勧めても、特に違和感は持たれないと思うんです。銃を使って六道と鬼道院を殺すから、それが安全に行えるよう手伝いをしろと脅せば、このピンチはチャンスへと変わる。彼を仲間にしたあと実際にどう動くかに関しては――私ではどうすべきか分からないので、東郷さんの判断にお任せすることになりますが」


 銃がブラフだとばれないようにしたまま今の状況を覆す最良の策。

 殺すか逃げるかだけを考えていた明としては、一瞬たりとも頭をよぎらなかった発想。

 当然彼女の策を否定する理由はなく、明はすぐ首を縦に振った。


「そうだな。銃の力を信じているであろう今なら、佐久間を仲間にするのが最良の策か」

「はい。もしそれで問題がないようでしたら、早く彼を追いかけましょう。時間が経てばたつほど、銃がブラフであったと気づかれる恐れが高くなってしまいます」

「ああ。今すぐ追いかける。策の提供感謝するぞ」

「いえ、仲間なんですから当然です。いつの間にか悲鳴も止んでいますし、おそらくどこかの部屋に隠れたんだと思います。一部屋ずつ回っていきましょう」


 お互いに頷き合い、佐久間の逃げて行った方向へと走り出す。

 最悪な展開としては佐久間が六道の部屋に逃げ込んでいることだが、位置的にそれは考えにくい。そもそも姫宮が死んだ今、六道と佐久間がまだチームを組んでいるかは怪しいため、あまり心配する必要もないかもしれないが。

 おそらくは、鍵のかかっていないⅤ号室――橋爪の部屋――や、物置に逃げ込んでいる可能性が高い。

 扉を開ける際、今まで以上に毒や不意打ちに警戒しながら慎重に立ち回る必要があるなと考えながら、明は館内を走っていく。

 しかし、彼らは走り出して十秒と経たず、動きを止めることになった。

 悲鳴を上げ、脱兎のごとく逃げ出した佐久間。銃を恐れてどこかに逃げ込んだのだろうという予測に反し、彼はすぐ近く――姫宮と秋華が殺された場所――の壁に悠然と寄りかかっていた。

 先ほどみっともなく悲鳴を上げた男と同一人物とは思えない、余裕に満ち溢れた態度。

 それを見て、既に銃がブラフであると気づかれていることを二人は察した。

 早くも策が崩壊したことから神楽耶が悔しそうに唇をかみしめる。

 明も、自分がもっと早く佐久間を追う決断をしていればと、やや後悔を覚え眉間に深いしわを刻んだ。

 そんな中。

 佐久間は壁から背を離すと、明達でなく床の真っ赤な絨毯に目を向け、静かに語り出した。


「姫宮さんと秋華さん。ここでは二人の素敵な女性が殺されました。彼女たちの御遺体は丁重に霊安室まで運びましたが、いまだ彼女たちを殺した犯人は分かっていません。そのため、この場には彼女たちの恨みの念が強く残っています」


 唐突な語りとその内容から、神楽耶は困惑した視線を明に寄越す。

 もちろん明にも佐久間の行動の意図はさっぱり理解できていないため、何も反応を返すことはできない。

 部屋に逃げ込まず、こうして明たちの前に無防備に姿をさらしていることから、もはや銃を警戒していないことは明白。それにも関わらず、すぐに明たちに攻撃することなく、意図不明な話を始める怪現象。姫宮たちを殺した犯人が野田であることを知っている明達からすれば、なおさら彼の語りにはただただ疑問しか思い浮かばない。

 しかし佐久間は、明たちの存在などないかのように淡々と語りを続けていく。


「彼女たちの強い恨みの念……。それは今や、自身を殺した犯人だけでなく、この館に生きている全ての者に――さらには私たちをこの館に集めた主催者たちにまで向き始めています。

 嗚呼、私には聞こえます。彼女たちの悲痛な叫びが……。

 こんなところで死ぬはずじゃなかった。

 もっと人生を謳歌していたかった。

 憎い。この世に生きるありとあらゆる全ての生き物が妬ましい。

 そんな彼女たちの恨みと苦しみ――そう、怨念が、今、この館のとある物体に集約しています」


 真紅の絨毯から目を離し、佐久間は壁に貼られた一枚の絵画へと目を向ける。

 それは、ほの暗い水の底で、異形の怪物に足を掴まれ溺れている女性の絵。

 野田に襲われた姫宮が、なぜか最後に爪を割ってまですがろうとしていた絵画。

 佐久間は恍惚とした表情を浮かべ、じっとりとその絵画の隅から隅まで嘗め回すように視線を送る。

 そして慎重に、絵画を収める額縁の隅を掴むと、あっさりそれを壁から引きはがした。

 初日に別館にあったはずの絵が、四日目には本館に移動していたことから絵画が取り外し可能なものであることには気づいていた。しかしこの状況で、なぜそれをわざわざ壁から外したのか。

 明は無意味だと分かっていながらも、警戒心を抑えきれず銃口を佐久間に向ける。

 佐久間はゆっくりと明たちに視線を向けると、薄笑いを浮かべた。


「まさか東郷君が銃を持っているとは思わなかったため、先程は無様な姿をお見せしてしまいました。ですが、もうそのハッタリは私には通じません。もし本当にその銃が暴力禁止のルールに適用されないものであるのなら、本来撃たれるべきはナイフを持つ私の腕や手であり、ナイフそれ自体とはならないはず。そしてナイフを正確に狙撃できたことから考えて、狙いを外した、というのとも違うのだろうと推測することができます。となると考え得る答えは一つ。その銃は、東郷君自身がスペルの力で作り出した物ではなく――」


 不意に、軽快に推理を語っていた佐久間の口が動きを止める。

 今回は明たちが何かをしたというわけではないため、明も神楽耶も訝し気に佐久間を見つめた。

 すると、二人が見ている前で佐久間は声を発さずに、パクパクと口を何度か開閉させ始めた。さらに手に持っていた絵画を床に落とし、絨毯に俯せになるよう膝から崩れ落ちた。

 何が起きているのか分からず、明たちは佐久間から一歩距離を取る。

 その間にも佐久間の異変は続き、血色の良い肌色をしていた彼の顔は青く染まり、醜く腫れあがっていった。

 床の上で何度か手足をばたつかせ、必死の形相で宙に手を伸ばす。

 しかしその手は何にも届くことはなく、最後に口から血を吐き出すと、佐久間の体は一切の生命活動を停止した。


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[一言] まったくの予想外の展開……! これは、もしやとうとう彼女が? 
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