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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
終焉の銃声響く五日目

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78/96

佐久間推断す

 先ほどからの佐久間の変容についていけず、二人はその言葉の意味を理解するのに数秒の時を要した。

 しかし当然。口にした本人がその隙を待つはずもない。

 ナイフを振りかざし、腰を低くして疾走を開始した。

 普段のおどけた様子からは想像もつかないほどの速さで明の懐に潜り込み、ナイフを素早く振り下ろす。

 一閃。

 まさに紙一重のところで、明はぎりぎり上半身を逸らしてナイフの一撃を避けた。

 避けきれなかった髪が数本宙を舞っていくのが視界に映る。しかしそれを眺めている間もなく、佐久間が勢いよくナイフを薙いできた。

 明はすぐに後ろへと飛び跳ね、それと同時にポケットから布巾を取り出し佐久間に投げつけた。

 布巾に何か仕掛けでもあると勘ぐったのか。佐久間も大きく後退し、明から距離を取る。

 その間に明は神楽耶へ向かい大声で、「俺の後ろから決して出るな!」と言い放った。

 神楽耶は反射的に「はい!」と答えると、佐久間の追撃が再開する前に明の背後へと逃げ込んだ。

 状況は振出しに戻り、佐久間は改めて腰をかがめ、駆けだす体勢を作る。

 先の動きから見ても、このまま戦い続けるのは分が悪い。

 明は必死に頭を働かせ、少しでも時間を稼ごうと佐久間に声をかけた。


「おい待て。突然何のつもりだ。信じてもらえそうにないから殺すなんて、狂人の発想だぞ。深呼吸でもして正気に戻れ」

「そうです、いったん落ち着いてください! このゲームは暴力禁止なんですよ。ナイフで私たちに怪我を負わせれば、その時点で佐久間さん自身が死ぬことになるんですよ!」


 神楽耶も顔を強張らせつつ、明に追従して言う。

 そんな二人の呼びかけを受け、佐久間は走り出そうとしていた体を起こした。しかし、それは自身の愚かさに気づいたからではなかった。勝利を確信しているが故の、絶対的な余裕が彼の動きを止めたのだ。

 皮肉気な笑みを浮かべ、佐久間は二人の顔を交互に見回した。


「うふふふふ。東郷君も神楽耶さんも必死ですねえ。そんなに私と殺し合うのが怖いのですか。まあそれも当然ですよね。何せあなた方が所持しているスペルは多くても一つだけ。つまり私を殺す術を一切持っていないということなんですから。教祖様か六道君が助けに来るのを待つ以外ないわけですものね。

 ああそれから神楽耶さん。このナイフにはスペルで作り出した毒が塗ってあるため、お二人を傷つけてもルール違反になることはありませんよ。なので残念ながら、その説得はあまり意味を持ちませんね」


 あっさりと語られた核心を突く発言に、明も神楽耶も思わず体を硬直させる。その反応が既に答えとなってしまっただろうが、明は一応反論を試みた。


「……何を言っている。ナイフの件はともかく、俺たちがスペルを使わないのは、単にカウンタースペルを恐れているからだ。スペルならまだ残っているに決まってるだろ」

「うふふふふ。認めたくないのは分かりますが、もうばれているので否定しても無意味ですよ。簡単な消去法とちょっとした推理で、あなた方がスペルを持っていないことは導けてしまいますからね」


 嗜虐心を露わにした表情で、佐久間は二人を見下ろしてくる。

 はったりを言っているとは思えない堂々とした態度に、明と神楽耶の背中を冷や汗が伝う。

 現状こちらの残存スペルとその能力が他のプレイヤーにばれてはいない、というのが明たちの考えだった。それは当然、誰かの前でスペルを披露したこともなければ、明たちが犯した殺人に気づいている者もいない様子だったからだ。

 にもかかわらず、佐久間はこちらの所持スペル数を正確に把握してきている。

 何が佐久間に気づきを与えてしまったのか。

 明はすばやく思考を巡らし、自身が何を見落としているのかを模索する。そして偶然目に入った架城の死体から、今がどういった状況なのかをようやく理解した。

 自身の失態に気づき、明の眉間に深いしわが刻まれる。

 佐久間はそんな明の様子を見ながら、歌うように推理を口ずさみ始めた。


「野田は一井に殺された。一井は橋爪に殺された。藤城を殺した者は君たちではない。宮城を殺したのは姫宮さん。姫宮さんと秋華さんを殺した者も、状況的に君たちではない。さらに架城さんの死因は毒によるもの。これも君たちがやったとは思えない。となると唯一君たちが、殺したと思われるのは橋爪雅史、ただ一人。

 さてさてすると、そうすると。君たちはまだ、三つスペルを保持しているようにも思われる。しかしこれは、おかしいこととすぐわかる。もし三つもキラースペルを所持しているならば、そのうち二つを使用して、二人殺してしまえば残りは三人。君たちの勝利でゲームは終了しているはずですから。なのにそうはしていない。ではではそれは、一体なぜか?」

「……私たちのスペルが即死スペルじゃなかっただけの話じゃないですか」


 神楽耶がせめてもの抵抗としてそう問いかける。

 だが、佐久間は余裕の笑みを浮かべたままゆるゆると首を横に振った。


「神楽耶さん、残念ながらその可能性は低いのですよ。即死スペルでないということは、一井君のように武器を召喚するなどして、殺せる機会を増やすスペルであるということ。そしてもしそんなスペルを持っているなら、私のカウンタースペルなど恐れずに、とっくに襲ってきていることでしょう。なのにそれもしていない――

 つまりあなた方は、即死系スペルも召喚系スペルも所持していないということになります」


 歌うような口調から一転。犯人を追い詰める探偵のように鋭い声で、佐久間はそう断定してきた。

 最初から分かっていたことではあるが、佐久間の頭は悪くない。むしろ優れているとさえ言える。

 それにも関わらずうかうかと近づき、攻撃される直前まで危機感を抱いていなかった――抱けなかったのは、佐久間の術中にはまっていた証拠であろう。

 今更悔やんでも意味はない。しかし悔やまずにはいられない。

 表面上は平静を装いつつも、明の鼓動は苛立ちと緊張から高まっていく。

 一方佐久間は自身の推理に酔い始めたのか、探偵口調のまま恍惚とした表情で語りを続けた。


「さてそうすると、再びとある疑問に直面します。それはお二方がいつスペルを使用されたのかという疑問。しかしこちらもある一つの謎と私の知識を足し合わせることにより、明確な解に辿り着きました。

 なぜ、東郷君と神楽耶さんは初日も初日。私主催の自己紹介をする前からチームを組めていたのか。一見する限りでは全く善人に見えない東郷君に、どうして殺人者を嫌悪する神楽耶さんが仲間となることを了承したのか。

 実は私、姫宮さんからこんな話を聞いていたのですよ。神楽耶さんが東郷君とチームを組んだのは、生き残れる可能性を高める策を提示し、そのことを納得させてくれたからだと。

 この話、深く考えずに聞いたのなら、東郷君の持つキラースペルがゲームを高確率で攻略できる強力なものだった、とか。主催者も気づいていないような裏技を教え、仲間になるメリットを提示したのだろう――と推測されます。

 しかし、これはよく考えると前提から間違っています。神楽耶さんの立場からしてみれば、どれだけ生き残る確率が高そうな策を提示されたとしても、それで東郷君の仲間になろうとは思えないはず。むしろそんな優秀きけんな相手では、自分を利用するだけ利用して殺すのではないかと警戒することでしょう。

 つまり、神楽耶さんを勧誘する際にまず突破しないといけない課題として、自身が裏切らないという絶対の保証を示すことが必要とされるのです。普通ならそれは叶え難い課題でしょうが、このゲームのルールを考えれば不可能ではありません。

 そう! どちらか一方が全てのスペルを使い切り、それ以降パートナーと常に行動を共にすることで――」


 バン

 佐久間の語りを遮り、小さく館中に響く銃声。

 銃弾は佐久間が持っていたナイフのみを正確に撃ち抜き、彼の手から武器を奪い去った。

 何が起きたか分からない様子で、佐久間は瞬きを繰り返す。

 明は銃の照準をそんな佐久間の眉間に合わせ、底冷えする声で言い放った。


「そこまで知られていたのなら、生かしてはおけないな。悪いが、今すぐに殺させてもらうぞ」

この回、佐久間が主役だったらかなりの盛り上がり回になったんでしょうね……。でも東郷視点で話が進んでたから、読者的には分かり切った話を佐久間が繰り返すという残念な展開に……

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