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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
終焉の銃声響く五日目

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75/96

五日目起床は午前二時

「そろそろ十二時を過ぎた頃か。かなり危険な場面は何度もあったが、何とか五日目まで生き残ることができたな」


 温室の芝生の上に座り込みながら、明は不意にぽつりと呟く。

 眠たいのか、隣でうとうとと頭を揺らしている神楽耶が、ぼんやりした声と共に頷いた。


「そうですね……。東郷さんのおかげで、こんな地獄みたいな場所でも生き抜くことができてます。今更ですけど、本当に感謝しています。あなたがいなければ、私はとっくに死んでいましたから。まさに命の恩人、です」


 自分の話声が子守歌の役割を持ってしまったようだ。神楽耶は小さく欠伸をし、より眠そうに目をしょぼつかせた。


「そのセリフは、このゲームに勝ってから改めて聞かせてもらいたいところだな。まだ終わったわけじゃないんだ。生き残っている相手も、佐久間、鬼道院、六道、架城と一筋縄ではいかない相手ばかりだ。まだ全く安心はできない」

「でも……今だけは絶対安全、ですよね。二時になって扉が開くまで、ここには私と東郷さんの二人しかいませんから。それに、東郷さんなら他のプレイヤーなんて目じゃないですよ。だって……こんなに頭が良くて、優しいんですから」

「……優しい、か」


 明は館の外に目を向けながら、神楽耶の言葉を復唱する。

 嵐は通り過ぎたのか、外は雨も風もなく、静かに木々が屹立している。

 目と鼻の先にある外の世界はまだ遠く、あれら自然あふれる山々や、人が溢れる都会に戻れる保証はない。

 それでも、今の明に恐れや怯えと言った感情が湧くことはなかった。

 非日常なこの空間は、明にとって日常よりもどこか安らぐものがあったから。

 その原因が、以前神楽耶に話したように、明の日常がこの場所よりも地獄だったからか。それとも自分を信じて隣にいてくれる存在に巡り合えたからなのかは、分からないけれど。

 ふわりと、神楽耶が明の肩に寄りかかって来る。

 ついに眠気に負けたのか、すーすーと安らかな寝息を立て、心地よさそうな寝顔を浮かべている。

 そんな彼女の表情を見て、明は自分の選択が間違っていなかったことを再認識した。

 おそらく橋爪がスペルで作り出したと思われる拳銃。それを使って野田を殺害した場合、ルール違反によって殺される可能性があった。

 あの状況ならきっと運営も見逃すだろうという期待はあったものの、やってみなければどんなジャッジが下されるかは分からない。その死へのリスクと神楽耶との約束。どちらを取るのが正解だったのか自信はなかったが、結果としては見事賭けに勝ったと言えるだろう。

 明は今一度じっくり神楽耶の寝顔を眺めた後、自身に一時の眠りにつくことを許した。




 コツン。

 頭に小さな石のようなものが当たり、明は目を覚ます。

 連絡通路が解放される前に起きられるよう、温室の植物を利用して作った目覚まし代わりのギミック。

 眠い中作った割には正常に作動してくれたらしい。

 温室の外に広がる闇夜を見つめてそう判断を下す。

 念のため連絡通路が解放されていないことを確かめに行こうと立ち上がろうとし、そこで神楽耶が自身の膝を枕にして寝ていることに気づいた。

 見惚れてしまうくらい優美で無垢な寝顔。

 写真に撮って額に飾っておきたい衝動に駆られるが、勿論この場にカメラなど存在しない。もしかしたら野田の作り出した盗聴フィルムにカメラ機能もついているのではないかと考えるも、使い方などさっぱり分からないことに気づきすぐ諦める。

 せめてこの光景を脳に焼き付けておこうと、彼女の白く透き通るような肌をガン見する。

 一分近くそれを続けた後、自分の行為がかなり変態なのではと気づきようやく目を逸らした。

 彼女の頭をそっと芝生に下し、その場ですっと立ち上がる。

 やや難のある体勢で寝ていたため固まってしまった体を、軽くストレッチをすることでほぐしていく。

 睡眠時間としては二時間も寝ていないはずだが、驚くほど頭は軽く、回復している。

 おそらく今日中には決着がつくのではないかという思いから、脳が早くも臨戦態勢になってくれたのだろう。

 最後にもう一度神楽耶の顔を眺め、それから温室の外に向かって歩き出す。

 連絡通路に出る前に、温室から見渡せる範囲に人影がないことを確認。扉を開け連絡通路に出ると、改めて左右を見渡し誰一人この場にいないこと、そして別館・本館へと続く扉がまだ閉まっていることを確かめた。

 この場には時計がないので何時なのかは確認できない。それでも自身の頭の冴えを考えるに、寝てから三十分しか経っていないということもないように思えた。

 そろそろ、扉は開くのではないか。

 多少の警戒心は抱きつつ、別館側の扉に向かって歩いていく。すると、まるで見計らったかの如く、明が扉の前に辿り着くと同時に鍵が開き、連絡通路は解放された。

 すぐさま背後を振り返り、本館に続く扉も開いていることを確認する。それから別館へと足を踏み入れ、耳を澄まして何か物音が聞こえないか探ってみた。


 無音。


 床に敷かれた真っ赤な絨毯のせいでもとより足音はほとんどしない。

 少なくともこの時間から動き始める者はいないようだと、明は肩の力を抜く。

 それから拳銃と鍵――野田の遺体を調べた時に見つけた、おそらく全部屋対応のマスターキー。因みにキラースペルの書かれた紙は見つからなかった――を取り出し、このまま寝込みを襲って全員殺害することはできないだろうかと考えてみる。

 だが、すぐにその考えは放棄する。

 今生き残っているメンバーが、寝込みを襲われたときの対策を施していないとは思えない。下手に部屋に踏み入れば、仕掛けられた罠によって返り討ちに遭う恐れもある。わざわざ敵地に侵入するメリットはあまりないように思われた。

 明は再度耳を澄まし別館が寝静まっていることを確認すると、温室に戻るべくゆっくりと体を反転させた。

 目の前に広がる長い通路と、それを覆うように広がる午前二時の暗闇。

 そんな幽霊でも現れそうな状況の中、明は歩きながらぼんやりと独り言ちる。


「――仕方のないことではあるが、野田から情報をほとんど引き出せなかったのは痛かったな。いよいよスペルの持ち札が切れた。まあ鬼道院が言っていたスペルが事実なら話は別だが……事実だったとすればそれはそれで使用は控えたい」


 『記憶改竄』と『死体操作』。

 このスペルが事実鬼道院の持ち札だとすれば、明の提案を承諾するという発言も真である可能性が高い。そしてこの二つのスペルを使うとなると、自然鬼道院がやろうとしていること。その際明がやるべきことにも予想がつく。

 そして、策が成功した後を考えれば、『記憶改竄』のスペルは残しておきたいものだった。

 いずれにしろ、この二つのスペルが実際に使えるのか神楽耶が起きたら確認しておく必要がある。

 そんな思考をしている間にも徐々に温室へと近づいており、地下への階段が視界に入ってくる。

 その階段に目をやりながら、明はつと、野田に聞きそびれた疑問を口ずさんだ。


「盗聴フィルムで可能なこと。盗聴フィルムをいくつ作り出せたのか。盗聴で何を聞き得たのか。誰のスペルを使えたのか。なぜ姫宮だけでなく秋華も殺したのか。橋爪に武器召喚のスペルを渡したのはいつか……」


 思い浮かぶのはその程度だろうか。

 答えが全く想像のつかないものもあれば、何となく想像がつくものもある。いずれにしろ、ただの想像にしかすぎないが。

 もう少しスペル発動までの時間を長くとれなかったものかと考えるも、すぐに首を横に振った。

 野田の生存に隠された秘密を暴くのに時間を使ったことや、寒さのために思考が鈍くなり、想定より長く推理を語ることになったのは明自身のミス。実際あれ以上冷凍室にいてはその後のゲームに支障をきたすことになっていただろうし、神楽耶が設定したスペル発動時間に文句はつけられない。


「それにややイレギュラーではあるが、今回の件でプラスになったこともあるしな」


 明は手に持った銃を眺めながら思う。

 リスクを負って手に入れた、橋爪の銃を使って人を殺してもルール違反にならないという事実。

 カウンタースペルのこともあるため圧倒的有利になったとは言えないが、それでもかなりのアドバンテージになるはずだ。


「この銃を使って……今日中にゲームを終わらせてやる」


 明はそう呟くと、ガラスに映る自身の分身に向け、銃の引き金を引くふりをした。


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