幕間:主催者どもの勝手な予想4
「ついに杉並の刺客さんも年貢の納め時みたいだね。秋華さんと姫宮さんを殺すまでは良かったけど、あんな余計なことをしちゃうなんて。昨日杉並の使者さんが言っていた通り、彼の悪癖が出ちゃったのかな?」
「そうですなあ。もう少し大人しくしていればよかったものを……。妾も再び東郷へと予想を変えましょうかなあ」
いつもと同じ、モニターの明かりだけが頼りの薄暗い部屋。
しかし今日の会話の起こりはいつもと違い、喜多嶋の問いかけではなく金光の溜息から始まった。
まだ四日目終了までは二時間弱あるが、我慢しきれず口から出てしまったようである。
そんな金光の独白に天上院が言葉を重ね、自然と議論の場が構築されていった。
「ふん。確かに杉並の今回の動きには余計なものが多く含まれていたが、奴の死が決まったとは言えまい。むしろ奴は誰かが自分の存在に気づくことを期待してあんな装飾を施したと儂は見るな。もし東郷と神楽耶が百パーセントの確信を持たず、今奴のもとに出向こうとしているのなら、死ぬことになるのは二人の方だと言えるはずだ」
金光、天上院とはまるで正反対の意見を八雲が述べる。
しかし彼の意見に対しては、すぐさま否定の言葉が返ってきた。
「残念ながらそれはないと思いますよ。杉並の存在に気づいたのは他でもない東郷明。百パーセントの確信を持っているかは不明ですが、杉並がいた場合の対策はしっかり立てていることでしょう。加えて杉並は即死スペルを所持していない――いえ、所持していたとしても、彼は東郷明の持つ秘密を知らない。ですから杉並が生き残ることは万に一つもないでしょう」
「ふん。今日も如月坊ちゃんの東郷信仰は絶好調の様ですな。しかし如月の坊ちゃんは杉並が『記憶改竄』のスペルを持っていることをお忘れではないでしょうかな? 東郷の秘密とやらがどんなものなのかは儂も聞き及びませんが、もし『記憶改竄』のスペルで記憶を書き換えられたなら、流石の東郷とて一巻の終わりではないのですかね?」
常々東郷に対して絶対の信頼を寄せる如月が気に食わないのか、八雲は禿げた頭をなでながらねちっこく問いかける。
対するも如月は意外にも、「そうですね」と澄ました表情で肯定した。しかしすぐに、「けれど――」と言葉を続けた。
「杉並は『記憶改竄』のスペルを使わないでしょう。地の利は彼にあり、スペルを使わずとも二人を殺すための土台は十分にできています。まだスペル未知の六道や架城、さらに厄介なスペルを複数持っている鬼道院がいる以上、切り札をおいそれと使うとは思えませんから」
「地の利と、奴だけが持つルールの抜け道。そして『杉並』として鍛えてきた圧倒的身体能力。この三つがあれば十分東郷と神楽耶を殺せると、儂は思いますがねえ」
尊大な態度を崩さず、八雲はそう断言して椅子にふんぞり返った。
これ以上の会話には意味がないと考えたのか、如月は特に反論しようとせず口を噤む。
これにより一旦話し合いは終わり――かと思われたが、金光が場をまぜっかえす意見を述べてきた。
「でもまだ東郷君は『自殺宣告』のスペルを持ってるよね。杉並の刺客さんはスペルと仲間の力を駆使して館中のあらゆるところに盗聴器を仕掛けたけど、たぶん佐久間君が持っていた『身替地蔵』のスペルは入手できなかったでしょう? だから杉並の刺客さんがもし一撃で彼を仕留められなかったのなら、スペルを唱えられてあっさり殺されちゃうと思うんだよ。それに東郷君と神楽耶さん、数時間前に僕達にも聞こえないくらい小さな声で何やら密談してたじゃない。あれ、杉並の使者さん対策に、『自殺宣告』のスペルを彼女に教えてたんじゃないかと思うんだよ。だとすれば杉並の使者さんは二人を瞬殺しないと勝機はないってことになる。やっぱりここは東郷君たちが有利なんじゃないかと僕は思うな」
反対の意見を出され八雲がむっと顔をしかめる中、またも天上院が扇でそっと顔を隠しながら、金光に追従した。
「そうですなあ。妾としても東郷らが杉並相手に後れを取る姿は浮かびませぬよう。東郷が神楽耶に『自殺宣告』のスペルを与えるなどと言うリスキーなことをしたかは判断し難いですが、杉並の立場からしてみればやはり最悪のケースを想定しないわけにはいかぬでしょう。しかし二人を同時に殺せるような方法など、おいそれとは思いつけぬでしょうし。
連絡通路が塞がれ、逃げ場のなくなるこの瞬間まで、自分たちが杉並の存在に感づいていることを悟らせなかった東郷の戦略勝ちと言ったとこでありましょうよ」
金光は天上院の話にうんうんと頷いてから、さらに言葉を言い添える。
「加えて『自殺宣告』ってスペルが、橋爪君が持っていた『人体破裂』のような純粋な即死スペルじゃないのも、杉並の使者さんにとってはマイナスだよね。
――今必死に二人を殺すための準備を整えてるみたいだけど、たぶんあの方法じゃあ『自殺宣告』は防げないからさあ。八雲さんもその点は納得してくれますよね」
「ぬ……確かに、今杉並がやろうとしている作戦では二人を殺すのは……。おい、杉並の使者さんはこの状況をどう考える。このままお前の部下は殺されると思うのか」
完全に分が悪くなったことを感じ、八雲は判断を杉並の使者へと放り投げる。
しかし杉並の使者はその問いに全く反応せず、代わりに懐から取り出した端末を操作し始めていた。
その姿を見て天上院が、「使者さんもあの者を見限ったようですなあ」と小さく笑い声を上げた。
完全に孤立無援となった八雲は、顔をしかめてどかりと深く椅子に腰かけ直す。
今度こそ話し合いは終了。
今まで彼ら御方々の議論を黙って眺めていた喜多嶋は、ここでようやく口を開いた。
「皆さま思うところがおありでしょうが、ことこの話題に関しては結果が出るのはもうすぐのことでございます。いよいよ温室を調べ終わったお二人が地下へと続く階段に足を踏み入れます。この先生き残るのは杉並か、はたまた東郷様たちか。四日目のクライマックス。是非ご堪能くださいませ」




