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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
雷鳴轟く四日目

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娯楽室で遊びましょう

 耳を塞ぎたくなるほどの大音量で流れる海外の音楽。鳥目の人ではうまく物が見えないのではないかという、微妙な光加減の照明。

 どうして人は五感を使えなくするような場所を率先して作ろうとするのか、よく疑問に思う。この部屋は清潔に掃除が為されているため匂いは特に気にならないが、所によっては煙草の匂いが充満し嗅覚すら十全に活かせなくなる。

 五感がうまく機能しないことは、自然界なら死を想起して然るべきこと。人間というのはなぜ自身の命を脅かすような場所を作ってしまうのか。あまりにも安全になり過ぎたがゆえに、死への恐怖自体が娯楽に変わってしまったのだろうか。

 目の前で鳴り止むことなくコインを吐き出し続ける機械(スロットマシン)を前に、鬼道院はそんな益体もないことを考えていた。

 今の状況に全く興味を持てていない鬼道院とは異なり、周りの人はいまだかつて見たことのないジャックポットに口を半開きにして固まっている。

 鬼道院はまた満杯になったケースを脇にどけた後、


「これぐらいで十分でしょうか?」


 と後ろを振り返り爽やかに微笑んだ。





 佐久間の魂の絶叫を聞いたプレイヤーたちは、ほぼ流されるようにして彼の次なる提案、『血命館遊び倒しツアー』に参加させられていた。

 この先に残酷な運命が待ち構えているとしても、今この瞬間だけは誰に邪魔されることなく楽しむことができるはず。せっかくこれだけ豪華な館にいるのだから、遊び尽くさない手はない! といったことを佐久間が熱く語り、友好を深めるために娯楽室で遊ぼうではないかと皆を誘導した。

 鬼道院としては架城や東郷が拒否するのではないかと考えていたのだが、意外にも反対の声をあげる者はいなかった。本心から佐久間の言葉に感銘を受けたわけではないにしても、何かしら思うところはあったのかもしれない。

 そんなわけで一人も欠けることなく娯楽室に移動したのだが、着いてすぐさま問題に直面した。というのもこの娯楽室にある遊具はほぼ例外なくチップを前提としたものばかりで、遊べるものは限られていたからだ。

 トランプなら遊べないこともないかもしれないが、賭ける物がない状況でやっても面白くないと架城が抗議。すると佐久間がどこからか一枚のコインを取り出し、「ないなら作ればいいのです!」と意気揚々と宣言した。

 どうやら初日に娯楽室を調べた際、落ちているコインを一枚だけ発見しており、それをずっと持ち歩いていたらしい。

 佐久間はさっそくそのコインを近くにあったスロットマシンに入れようとしたが、どういうわけか東郷がそれを阻止。「コインはたった一枚しかないんだ。ここは最も成功率が高そうな教祖様にすべきだ」などと至極迷惑なことを言い出した。

 鬼道院としてはとても面倒なことに、架城や六道、姫宮もその提案に笑顔で賛同。

 唯一佐久間だけは自分でスロットゲームをやってみたかったらしく、しばらくの間ごねていたが、多数決の結果鬼道院が挑戦することに決まった。

 そして今。

 目の前からコインを溢れさせ続け、必要量の数倍を獲得した鬼道院は、改めて畏怖の視線をその身に受けることになってしまった。





 遊ぶには十分な量のコインを入手したプレイヤー達は、佐久間の提案により一時間の間に誰が最もコインを稼げるかの勝負をすることになった。

 なぜか乗り気な架城は、東郷を誘ってトランプ用の台に向かっていく。神楽耶も二人の後を追って移動。

 佐久間はスロットゲームをやってみたかったようで、早速スロットを回して一人歓喜の声を上げている。

 六道、秋華、姫宮は何で遊ぶか悩んでいるのか、娯楽室をふらふらと歩き回っていた。

 そんな彼らの動きを追った後、鬼道院は部屋の隅に設けられていた長椅子の上にそっと腰を下ろした。

 楽しそうにスロットマシンと戯れている佐久間を見ながら、小さく息を吐く。

 昔からこうした遊技場はあまり好きではないのだ。

 友人があまりいなかったから、とか。あまり自由に使えるお金がなかったから、とか。教祖をやっていたから、とか。

 理由はいくつか存在するのだが、その最たる理由は、相手がイカサマでもしない限り基本勝ってしまうから。

 将棋や囲碁と言った頭脳を使う勝負毎はともかく、少しでも運要素を含むゲームをやると、不思議と必ず勝ってしまう。ごく稀にクラスメイトから大富豪やポーカーなどの遊び誘われることはあったが、毎回鬼道院が圧勝するためすぐ除外された。今回のようにゲームセンターでメダルゲームをやろうものなら、延々と当たりが出続けてついには店から追い出されたこともある。

 この特技(?)を聞いた友人は、当初ギャンブラーになることを勧めてきたりもしたが、それは嫌だったので断った。流石にそれで金を稼ぐのはずるい気がしたし、何より他者からより畏怖の視線を向けられるようになる。逆恨みやいらぬ誤解を招いて、早々に殺されることになりそうな気もしたからだ。まあ、今やっている教祖という立場もそこまで変わらないものかもしれないが。

 とにかくそうした理由から運要素の強い遊びには関わらないようにしていたのだが、よりによってこんな場所でその特技を披露してしまった。

 おそらくさらに深まってしまった面倒な誤解。人によってはこの特技を見て殺すことを躊躇ってくれるかもしれないが、それはつまり、ゲームを生き残っても自身を利用しようとする厄介者が増えることを意味している。

 勝っても負けても地獄。自身の暗澹たる未来を察し、鬼道院は大きなため息を吐いた。


「鬼道院さんがため息とは珍しいのです。こうしたうるさい場所は嫌いなのですか?」


 唐突に、幼い子供のような声が耳に届く。

 驚きから心臓が激しく波打つも、表情は平静を保ったまま声のする方に目を向ける。

 視線の先ではいつの間にか隣に腰かけていた秋華が、足をプラプラさせながらこちらを見つめていた。

 やはり五感が鈍くなるのは危険だなと再確認。それから心臓の鼓動を元に戻し、鬼道院は内心の驚きを悟られぬよう笑顔で秋華を見返した。


「そんなことはありませんよ。ただ、また妙な誤解を生んでしまったかなと、少し後悔していただけです」

「誤解? 特に鬼道院さんのことを誤解するような場面はなかったと思うのです。一体どんな誤解を生んだと思ったのですか?」


 くりくりとした純朴な瞳を向け、秋華が尋ねてくる。

 疑いや畏怖、尊敬と言った感情の伴わないまっさらな視線。たまに幼稚園児くらいの子供と触れ合ったときに、同じような視線を向けられることがある。

 彼女は見た目だけでなく心も幼いままなのだろうか? と、かなり失礼なことを考えつつも、鬼道院は口を開く。


「教祖という立場上仕方ないのかもしれませんが、私のことを他とは違う大層な人間だと誤解を与えてしまうことがありまして。先ほどのゲームでの大勝は、その誤解に拍車をかけてしまったのではないかと、そんな懸念を持ったのです」

「確かに、先ほどのジャックポットには私も驚いたのです。教祖というのはやはり神に愛されているのだなと思ったのですが、それは誤解だったのですか?」

「ええ、誤解ですよ。本当に神に愛されているのなら、そもそもこのデスゲームに参加させられること自体ないでしょうからね。先ほどは、たまたま運が良かっただけです」


 軽く苦笑しながら否定の言葉を口にする。

 真実を言っても得にはならない。ならば信じてもらえるかどうかはさておき、誤魔化しの言葉を並べておくのが正しいはずである。

 秋華はいまいち納得できないのか、首を右に六十度くらい曲げながら目を瞬かせる。この状況でそんな偶然を引き当てられるなら、それこそ神に愛されていそうだし、そうでないならそれはそれで理解しがたいといったところか。

 しばらくの間首を傾げた状態で黙っていた彼女は、結局考えを放棄したらしく別の話題を振ってきた。


「ところで鬼道院さんは、今は誰ともチームを組んではいないのです?」

「そうですね。藤城さんのようにスペルを教え合った仲間は、今はいません」

「では、二日前の誘いは今も有効なままですか?」

「二日前……」


 すぐには彼女の言っている内容に考えが至らず、記憶を掘り返す。二日前の誘い。藤城と共に行動をしているときに、確かに秋華さんにはあったが、はて何か誘っただろうか――と、そこでようやく思い出す。

 まだ一人で動いていた彼女に対し、仲間になってくれないかと呼び掛けたこと。その時は断られたが、二、三日経ってお互い生きていたらまた仲間に誘うと約束していた。

 藤城こそいなくなったが、お互いに生存し、仲間も作っていない。

 ここでチームを組めるならと、鬼道院は笑顔で頷いた。


「勿論有効ですよ。ただ、お誘いする前に一つだけお聞きしたいこともあるのですが」

「一体なんでしょう?」


 今度は首を左に傾げながら不思議そうな顔をする秋華。

 この位置からでは見えないが、おそらく彼女がいる方に視線を向けつつ鬼道院は言う。


「先ほど知ったのですが、架城さんもすでに仲間を作っているご様子なのです。現状彼女とチームを組みそうなのは、私同様一人で動いている秋――」

「二人で何のお話をしてるんですかー」


 尋ね終える前に新たな声が割り込んでくる。

 声のした方に視線を向ける間もなく、ニコニコとした笑顔を浮かべた姫宮が、二人の間にすとんと腰を下ろした。


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