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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
雷鳴轟く四日目

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気づいたら仲良し

 鬼道院は後悔した。佐久間より降り注ぐ過剰なまでの感謝の言葉。完全に脳のキャパシティーを凌駕し、ただ黙って話を聞き流し続ける案山子と化す。

 佐久間に足りないのは辛い、苦しいと思う気持ちよりも相手の心情を慮る観察力なのではないかと思うが、思うだけで告げたりはしない。火に油を注ぐ結果にしかならないだろうから。なので、ただこの無意味な時間が終わるのを無心になって待つばかりで――


「朝からうるさいぞ。何の話をしているのか知らないが、そこまで大きな声を出す必要はないだろ」


 シアタールームの方から救世主の如き一言が飛んでくる。

 声の主はグレーのシャツに身を包んだ東郷明。

 やや鬱々とした雰囲気や猜疑心に満ちた目つきは普段なら見ていて楽しいとは言えないもの。しかし今は、他の何よりも頼もしさに満ち溢れ後光がさしているようにすら見えた。

 鬼道院は自分でも驚くような笑顔を浮かべ、東郷のもとに歩み寄った。


「おはようございます東郷さん。実に良いタイミングで現れてくれましたね。これから佐久間さんが――と、どうしましたか? そんなに顔を引き攣らせて。東郷さんらしくありませんね」

「……らしくないのはそっちだろ。なんだその笑顔と声は。一体何を企んでいる」

「何も企んでなどいませんよ。人間だれしも、感情に抑えがきかない時くらいある、というだけの話です」


 口ではそう答えつつも、東郷のあからさまに気味悪がっている表情を見て、自然と冷静さが戻ってくる。

 軽く深呼吸をして脳に酸素を送り込む。それでようやく停止していた頭が再起動を開始した。

 普段の教祖然とした雰囲気に戻っていく鬼道院を見ながら、東郷が「教祖様といえども感情のある普通の人間、か。それとも佐久間が教祖を人まで下したとみるべきか」などと呟いている。

 一貫して持たれ続けている行き過ぎた誤解が薄れたようで、内心でほっと息を吐く。藤城がもし生きていてこの現場を目撃したりすれば、逆にやきもきしていただろうが。

 鬼道院の笑顔に驚いたのは東郷だけではなかったようで、佐久間も少し呆けた顔をしていた。が、徐々に元に戻っていく鬼道院を見て佐久間の調子も回復したらしい。鬼道院に負けぬ笑顔で東郷に迫った。


「東郷君! 誰にだって感情を抑えきれない時くらいあるものです! なぜ教祖様がこのタイミングで感情を露わにしたのかは私にも分かりませんが、そういう時はあるのです! そしてまた! 先ほどまでの私も同様のテンションだったのです! 何せ教祖様が私の償いのお手伝いをしてくれることを約束してくれたのですから! どれだけ私が深い感謝の気持ちを――」

「うるさい黙れ。で、佐久間の償いってのは何の話なんだ。教祖様は何の手伝いをすると約束した」


 佐久間の語りを一刀両断に切り伏せると、東郷は鬼道院に向けて質問してきた。

 話足りない様子で口を開けたり閉じたりしている佐久間を横目に、鬼道院は元の落ち着いた声音で言葉を返す。


「佐久間さんは自身の話過ぎる癖を恥じているのです。喜びを共有したいと考えているのに、いつも自身だけが一方的に喋り充足感を得てしまう。この血命館においても彼の悪癖が発揮され、昨日の大広間では多大な迷惑を与えてしまった。そこで私たちに対し償いをしたいと、そう願い出ていたのですよ」

「償い、か。確かにかなりの精神的疲労を与えられているのは事実だからな。それを拒む理由は特にないな。それでどんな風に償ってくれるんだ?」

「どうやら私たち全員を、ここから生きて返してくれるらしいですよ。まだその方法は聞いていませんが」

「方法を聞いていないのにお前はその手伝いを了承したのか? 随分とお優しいんだな教祖様は」

「罪を償おうとしている方に手を差し伸べるのは、当然の行いですからね。それにあれだけ懇願されては、断る方が難しいでしょう」

「押しに弱いのは教祖としてどうなんだ? 相手に媚びず屈さず、常に毅然としてこそ正しく人を導けるんじゃないのか」

「相手の真剣さに応じて対応を変える。私も教祖である以前に人間です。全ての人間を導けるわけもないので、多少の不平等は生じてしまいますよ……と、ここでこんなことを議論しても、何の益もありませんね。ここはまず、佐久間さんの作戦がどんなものか聞くのが、最優先ではないでしょうか?」

「それもそうだな。佐久間、俺たち全員が助かる策ってのは一体何なんだ」


 そう言って鬼道院と東郷は佐久間に顔を向ける。

 すぐにいつもの滔々とした語りが始まるかと思いきや、なぜか佐久間は目を見開いた状態で固まっている。「どうかしたのか?」と東郷が問いかけると、何度か目をぱちくりさせた後、ようやく口を開いた。


「いえ、どうかしたというわけではないのですが……。ただ鬼道院君と東郷君がこんな軽快に話し合うような仲だとは思っていなかったもので、少々驚いてしまいました。勝手な思い込みですが二人はむしろ相性が悪いのかと……」


 東郷はすぐさま頷くと言った。


「別にそれは間違いじゃないな。俺とこいつの相性は最悪だ。できることなら顔も見たくないレベルだな」


 鬼道院も続いて頷く。


「そこまで言われると、少し悲しい気持ちになりますね。ですが、相性の悪さは否定し難いところでしょう。教祖というレッテルにこだわり、嫌みの如く『教祖なのに』などと言ってくる相手は、好きになりませんから」


 二人の妙に息の合った掛け合いに、佐久間は再び目を見開かせる。

 それからしばらくすると、驚きが去ったのか口元に笑みを浮かべて小さく頷きだした。

 その佐久間の笑みを見て、二人は一瞬ゾクリと肩を震わせた。今まで浮かべていた演技じみた笑みとは違う、どこか凄みを感じさせる表情。薄く細まった瞳は獲物を狙う鷹の様であり、微かに口角が上げられた口元は悪魔めいた不敵さを醸し出している。

 見てはいけないものを見たような気分に陥り、ひどい居心地の悪さを感じる。だが、佐久間が見せた本当の(?)顔はすぐに引っ込み、また胡散臭い演技めいた笑みが浮かび上がった。

 今見たものへの衝撃が抜けきっていない鬼道院らに向かい、佐久間は大きく一礼して見せた。


「これはこれは、私としては嬉しい誤算が起こった様です。鬼道院君、申し訳ありませんが、先程のお手伝いの話はなかったことにしてください。これからやる償いは、教祖様を巻き込むほどのものではないように思えてきましたので。うまくいくかは分かりませんが、私なりのやり方で成功するよう努力したいと思います。

 と、そこでなのですが! 教祖様の力を借りないにしてもまずは血命館にいる皆様に大広間へ集まってもらう必要があるのです! お二人ともこの後お時間は大丈夫でしょうか? 罪人佐久間喜一郎主宰の『みんな笑顔で生きて帰ろう作戦!』を実行するため、是非ともここは承諾していただきたく思います! 勿論、東郷君は神楽耶さんをお誘いの上参加していただきたい! お二方! ご返事はいかに!」


 はて? 今更ではあるが自分と東郷はいつの間にここまで息が合うようになったのか。血命館に来てから特によく話す相手ではあるものの、仲がよくなるようなことはなかったはずなのに。

 つい、そんな疑問を覚えてしまうほどのシンクロ率で、鬼道院と東郷は同時に溜息を吐いた。


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