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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
正義躍動する三日目

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悪人論

 一瞬の冷たい沈黙。

 だがそれはすぐに、姫宮のあどけない声に塗り替えられた。


「えー、鬼道院さんや秋華さんと違って私たちは改善の余地もないんですか? それに刑の内容がこの四人で一緒っていうのも少し納得しづらいかなあ。理由、また教えてもらってもいいですか?」

「ちょっと! 別に理由なんてどうでもいいでしょう。これでようやく解放されるんだから余計なこと言わず黙ってなさいよ」

「でも架城さんも理由気になりませんか? どうせ用事があるわけじゃないんですし。せっかくなら最後まで付き合うのもいいと思うんですけど。それに架城さんだって、見た目しか取り柄のないような馬鹿女と同レベルの罰なんて業腹でしょう?」

「……ふん。随分くだらないことまで記憶してるのね。いいわ、もう少しだけこの茶番に付き合ってあげる」

「だ、そうです。宮城さん理由お願いしますね」


 今しがた自分に死刑を宣告した者に対し、脳を揺さぶるような極上の笑顔を振りまく。

 宮城は全身に力を籠めることで表情筋の緩みを抑え、険しい顔を保った。


「……最初に言った通り、俺は貴様ら悪人が再犯を犯す可能性がどれだけ高いかを重視している。その点を鑑みた時、貴様ら四人は今後も同じ悪事をまず間違いなく行っていくと、確信した」


 正義を宿した鋭い眼光が四名の罪人に突き刺さる。

 再犯することを肯定するわけではないだろうが、誰一人としてそれに異を唱える者はいない。

 宮城は一層目を光らせ、話を続けた。


「悪人とは、制限を設けずに自身の欲望を追求する者。そしてその欲望の中に他者の幸せを含まない者のことである。人間である以上、生きる上である程度の欲望を追い求めるのは必定。しかしそこで際限なく自身の欲望を満たすために動いてしまえば、その過程で周囲に甚大な被害を与えることになる。

 善良な人間であればそのことに心を痛め、ある程度の欲を満たせば立ち止まり、周りに気を配ることができる。しかし悪人は他者の幸福を自身の幸福と捉えられず、他者の痛みの重さを気にも留めない。

 そして貴様ら四人が犯してきた悪行は、まさにこの心理を持たなければ行うことなど不可能なものである」

「ゆえに僕たちは悪人であるから死ぬしかない、と。でもそれは強引に過ぎるんじゃないかな。宮城君が本当に正義の使者なら、そこは殺すのではなく更生させるべきだと思うのだけど。その選択肢は存在しないのかい?」


 宮城の悪人論に飽きたのか、六道がどこかやる気のない声で話を進行させる。彼の悪人論に興味がないのは六道だけではないようで、架城も追従して口を挟んだ。


「あんたの言うことを悪人の定義にしたら、世界中のほぼ全ての人間が悪人って言えるんじゃないかしら。学生だったらいい学校に進学するために他者を蹴落としては喜んで。社会に出て会社勤めでもすれば業績を上げるために周りを蹴落としては幸福を得る。自分の幸福の中に他者の幸福を含んでる人間なんてそっちの方が少数でしょ。ねえ、善人代表の神楽耶さんだってそう思うわよね? 女同士での幸福の奪い合いなんてしょっちゅうですものね」


 ねっとりとした、絡みつくような視線が神楽耶に向かう。

 この場面でわざわざ神楽耶に話を振ったことに疑問を覚え、明は架城の目論見に思考を巡らす。すぐその思惑にたどり着き、やや慌てて神楽耶を振り返った。

 だが、明の考えは杞憂だったらしい。神楽耶は架城の言葉を一切気にかけていない澄ました顔付きで、淡々と言い返した。


「それを完全に否定はできません。でも、宮城さんが言っていたように限度があると思います。幸福の奪い合いの結果相手が死ぬことにでもなれば、勝ち取った幸せも苦痛に変わる。少なくとも私の友人に架城さんと同じ罪を犯せる人も、それで良心を傷めずにいられる人もいないと断言できます。ですから架城さんの意見には全く賛同できません」

「ふん。小賢しい女ね。それが本心だってところがなお腹立たしいわ。でもまあ、そんなあまっちょろい考え方じゃこの先の人生どうせ地獄でしょうし、取り立てて反論する必要もないわね。あら。そうするとここで殺しておいてあげた方が神楽耶さんにとっては幸せなのかしら? いっそこのゲームに勝たせてあげた方が後々面白いものが見れる? ああ、あなたを殺すかどうか迷い始めちゃったわ」


 あからさまな挑発。

 今度こそ多少の苛立ちが顔に出るかと思われたが、相変わらず神楽耶の表情に変化はない。

 単純に話す価値がないと考えているのか。それとも架城の意図に気づき敢えて無視をしているのか。どちらにしろ、『虚言既死』の効果を利用した戦いは平和な情報収集から次のステップへと進み始めたようだった。

 唯一これから行われる駆け引きに気づいていない(興味がない)正義の使者は、粛々と疑問に答え始める。


「まず先にパワハラ女の疑問に答えるが、俺の定義では確かにほぼすべての人類が悪の心を持つと言える。ただ、神楽耶嬢が言った通り。そうした悪の心を持とうとも、実際に他者を死に追いやるほど自身の幸福を追えるものは稀。まして人を不幸にしたことを自覚しながら一切の反省をしないものなど、決して多くは存在しない。

 それからなぜ更生させないのかという質問だが、そんなのは更生が不可能だからに決まっている。貴様ら悪人は自分の行いを真に悪いと思っていない。そうした心理は誰しもが持ち日常的に行っていることに過ぎず、いわば生存競争を勝ち抜くための戦略だ、などと考えている。そしてその価値観を信ずる者は、それ以降他者の価値観を受け付けなくなる。間違っていると諭されようが脅されようが、その状況に陥ったこと自体を恥じ、話の内容へは耳を傾けようとしなくなるからだ。少なくとも、俺が相手してきた悪人共は例外なくそうだった」

「今までの相手がそうだったからって私たちも同じだと考えないでほしいわね。ま、大きく外れた考えじゃないのは事実でしょうけど」


 皮肉った笑みを浮かべながら架城が言う。

 彼女の表情を見れば更生する気など全くないことが見て取れる。確かに架城が反省する姿など想像できないし、そこまで面倒を見るぐらいなら殺した方が手っ取り早いのは間違いなさそうだ。

 一方六道は「僕も架城さんたちと同じに見られてるのか……」とどこか残念そうに呟いている。彼がこのゲームに参加しているのはキラースペルという超常的な力を海外の企業に横流ししようとしたため。喜多嶋はその理由を私利私欲のためと言っていたが、それがこのゲームに嫌気がさしたためだとしたら。好きで人を不幸にしてきた三人と一緒くたにされるのは不本意だろう。

 そんな風に明が六道の心境を評価していると、今まで沈黙を保っていたあの男が、再び口を開いてしまった。


「ああ! やはり! やはり! 私の思いを最後まで伝えきれていなかったのですね! 決して文句を言うわけではありませんが、架城さんに話を遮られてしまったのは無念でした。勿論あれだけ長いこと私の話を聞かされるのは皆さんにとって好ましくないことなのは分かります。なので途中で遮りたくなってしまう気持ちは重々理解できますが……やはり話というものは最後まで聞かねば完璧な理解には至らないと思うのです!

 宮城さん――いえ、正義の使者様! あなた様は私のことをいまだ誤解しているように見受けられます! すでに何度も申しているように、私はお客様を決して不幸にしているつもりはないのです! 気軽に話し、語らえるような関係になってから、お客様にも喜んでもらえるような商品を紹介する! 時にそれはお客様の財政状況的に厳しい物であったかもしれませんが、長い目で見ればむしろ幸福に――」


 またしても始まる佐久間の与太話。

 虚言既死で死なないことから嘘をついているわけではないのだろうが、真剣味が感じられずお粗末な劇でも見せられている気分になってしまう。

 今も大仰に胸を押さえ、時にふらふらと体を揺らしながら語り続けている。

 この場のほぼ全員が今すぐにでも彼の口を閉ざしたいと願うも、肝心の正義の使者は全く動かない。正義の使者という立場ゆえ冤罪を忌避しているのか、どれだけ長い話でも遮ろうという発想はないようだ。今も聞きの姿勢になって佐久間の話に耳を傾けている。

 これはしばらくの間我慢せざるを得ないかと、明はげんなりしつつ壁に背を預ける。

 だが、そうした明の予想とは裏腹に、一分と経たず佐久間の話は中断されることとなった。


「先ほどからお聞きしていて、一つ。気になったことがあるのですが、尋ねても構わないでしょうか?」


 静謐にして幽玄。

 どれだけ気持ちが昂っていても一瞬にして落ち着きを取り戻させる神秘的な声が、空間を伝播していく。

 その発信源である男は、穏やかな笑みをたたえながら、ゆっくりと佐久間に歩み寄った。


「佐久間さんは商品を売りつけるまでに、お客様と大層仲良くなられているようですね。ですが、商品を販売して以降の彼らの話を全くなさらないのは、一体なぜなのでしょうか? 一緒に旅行に出かけるまでの仲となった相手なら、商品を販売した後も交流がおありでしょう。なのになぜ、『不幸にした人がいるかもしれない』、などと曖昧な表現をしていたのか不思議に思いまして。まさか商品を売りつけた相手とは、その後一切の交流を断っているのでしょうか?」


 不意に問いを投げてきた質問者に対し、佐久間は満面の笑みを顔に張り付かせたまま振り返る。一見すると鬼道院のプレッシャーにも動じていないように思えるが、口と共に絶え間なく動き続けていた腕や手がその挙動をピタリと止めている。

 まるで一時停止した映像を見ているかのようなその姿。

 今までにない不安定さを醸し出しながらも、その口からは依然として明るく溌剌とした声が繰り出された。


「いえいえいえ。決してそのようなことはありませんよ! 勿論商品をお買いくださったお客様とはその後も懇意にしていますとも! しかし私としましても商売の一環として友好を深めた所があることも否めません。無事に商品を売ることに成功した暁には、また新たな商売相手を探す必要が出てしまいます。その結果以前ほど頻繁にお話をする機会がなくなってしまうことは、残念ですが事実と言わざるを得ないかもしれません」

「おや、そうなのですか。商品をお買いになったお客様との縁は断っていないと。ですがそうすると、些か不思議に思えてしまいますね。この殺し合いの場においてでも、全員が助かる道があればいい。自分が死ぬことになっても皆に心安らぐ時間を与えたい。と、そんな慈愛の精神を見せてくれる佐久間さんが、自身が売りつけた商品が元で大切なお客様が不幸になることを良しとするとは思えませんのに。販売後も縁を保っているのなら、再び会った際に販売した商品に満足していただけたかどうかを聞くのではないでしょうか。そして、もし満足いただけていなければ、身銭を切ってでも満足してくれるよう努めるのではないでしょうか。私がここで見てきた佐久間さんであれば、そうするのが当然に思えるのですが――違いましたか?」

「……いえいえ。それは勿論その通りなのですが、先ほども言ったように私としても商売として行っていることなのですよ。私にできることであれば勿論力になりたいとは思いますが、商品の魅力に納得していただけたからこそお売りするわけで、買った後に文句をつけられては私の方こそ信頼を裏切られたような気分に――」

「そういえば。初日に行った自己紹介の際、佐久間さんは寿命が延びるお香やら、紀元前からある壺を販売していると言っていましたよね。それを聞いて不思議に思っていたのですが、そうした品々は本物だったのでしょうか? 寡聞にして寿命が延びるお香とやらは聞いたことがなかったもので。佐久間さんはどの程度の保証――信頼性を持ってお客様にそれらを販売していたのか、是非お聞きかせ願えないでしょうか」

「…………いえ。その、私としましてもそうした商品を懇意にしている骨董屋さんから買い取っており、私は彼の言葉を信じて販売して――」

「では佐久間さんは、ご自身が販売する商品がどんなものなのかを、その方の言葉のみを参考にして、別の方に販売していたわけですか。しかし、それはまた不思議ですね。あなたは旅行に行くほど仲良くなったお客様に、何と言ってそれらを紹介したのでしょうか? 知り合いの骨董屋さんが言っていただけの、効果も年代も一切保証のない怪しげな物品。いくら親しくなった相手からとはいえ、正直にそれらを紹介していては、決してお買いいただくことなど叶わないと思うのですが。まさかとは思いますが、事実とは異なることを告げ、騙して購入まで誘導した……などということはありませんよね? もしそうであるなら、それは疑いの余地なく詐欺行為。今まで宮城さんに行ってきた発言も、全て嘘だったということになってしまいますものね?」

「………………」


 ついに滑らかに動き続けていた口も閉ざし、佐久間は完全に動きを止めた。いまだその顔には、一点の曇りもない満面の笑みが張り付いている。しかしそれは、誰の目から見ても虚構の仮面(笑顔)であることは明らかだった。


(これは詰みだな)


 明は佐久間に視線を向けながら、そう結論を下した。

 完全に鬼道院の罠にからめとられている。今まで全て本心を述べていたつもりだったのだろうが、所詮はその場を凌ぐためだけのギリギリ嘘でない言葉の羅列。よくよく照らし合わせてみれば矛盾がいくつも存在し、今まで語ってきた話の一部が虚偽であったことが判明してくる。

 これまではおそらく自己催眠を用いて己自身を欺いていたのだろうが、鬼道院によりその欺瞞は暴かれた。次に口にする言葉によってはこれまでの言が虚言であったことが確定し、その瞬間に『虚言既死』の効果が発動することになるかもしれない。

 もはや逃げ場は一切ない崖っぷち。

 佐久間はいまだ覚悟を決めきれないのか、これまでの饒舌っぷりが嘘のように黙り込み続ける。

 すると、佐久間の窮地を救うが如く、姫宮が口を挟んできた。


「あのー、さっきから佐久間さんの嘘を暴こう? みたいなことをしているようですけど、『虚言既死』の効果で死なない時点で佐久間さんは嘘をついているつもりはないって証明されてますよね。長く話し続けてれば時に矛盾した表現だってしちゃうものでしょうし、無理に問い詰めるのは可哀そうじゃないですか」


 やや非難めいた調子ながらも、その仕草には愛らしさが纏われている。並みの男なら彼女の愛くるしさにやられ、すぐさま前言を撤回し迎合することだろう。

 だが、鬼道院は僅かに目を開いただけ。不思議そうに首を傾げながら姫宮に視線を合わせた。


「少々意外ですね。姫宮さんは六道さんとチームを組まれており、佐久間さんがどうなろうと興味はないと思っていたのですが」

「私は宮城さんの言う通り悪人かもしれませんけど、目の前で追い詰められた人を見て何も思わないわけじゃありませんから」


 鬼道院の気迫に押されて表情が強張るも、毅然とした態度で言葉を返す。それを受け、鬼道院は口元に笑みをたたえた。


「何も思わないわけではない。とても曖昧で意味深な言葉ですね。具体的には何を思ったのでしょうか?」

「それは勿論――」


 すぐさま言い返そうとするも言葉に詰まり、姫宮は一瞬顔を俯かせる。けれど数秒と経たずに顔を上げ、はっきりと宣言した。


「――それは勿論、助けてあげたいって思いです。佐久間さんは確かにお喋りでかなり鬱陶しくはありますけど、私にはそこまで悪人だとは思えません。だからこんな風に追い詰められて殺される様をただ見ているのは、正直耐えられないんです」

「ふん。神楽耶さんだけじゃなくこっちにも随分なお人よしがいたものね。全く、聞いてて吐き気が――」


 姫宮の発言に架城が侮蔑の声を上げる。しかしその悪態を言い終える前に、彼女の口は閉じられた。

 その理由に気づかないのは、姫宮に視線を向け広間の入り口から視線を外していた鬼道院と佐久間の二人だけ。

 それ以外のプレイヤーは例外なくその理由に気づいており、また、架城同様呆気に取られ固まっていた。

 彼らが向ける視線の先では、苦悶の表情を浮かべた宮城が、ピクリともせず床に倒れ伏していた。


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