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キラースペルゲーム  作者: 天草一樹
不動の二日目

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移動

「藤城さん、起きてください。もう午後六時です。これから私は大広間に行き夕食をとるつもりですが、藤城さんはどうしますか?」


 正義の使者の訪問があって以降、誰一人として訪ねてくることのない静かな時間が続いた。おそらく最初は寝たふりをしていた藤城であったが、雑音のない落ち着いた雰囲気に心を許したのか、再びいびきをかいて眠り始めてしまった。

 鬼道院としては、流石に藤城を部屋に一人残して外出する気になれず、彼を起こさないよう黙って窓の外を見続けていた。持って生まれた雰囲気のせいで常に一人でいることが多かったため、一人でぼんやりと時間を潰すことは慣れたもの。益のない妄想で暇をつぶし、気づけば数時間が経過していた。

 声をかけられた藤城は、ぐっと腕を伸ばしながら体を起こす。数時間寝て酔いは覚めたのか、少なくとも顔色は元に戻っていた。


「あー、おはよう教祖様。もう六時って、随分と長いこと寝ちまったみたいだな。俺が寝てる間に何か変わったこととか起こらなかったか?」

「はい。特に変わったことは起こらず、表面上は平穏無事な時間でしたよ」

「はは、表面上ねえ。確かに俺らが何も仕掛けられてないってことは、逆にどっか別の場所で殺し合いが起きてたり、至る所で罠が仕掛けられてるかもしれないってことだからな。と、夕食だったか。あんまり俺は腹減ってないけど、教祖様が行くなら俺もついてくぜ」

「では、一緒に行きましょうか。一人でいるより二人でいた方が、狙われずにすむでしょうしね」


 お互い特に準備することがあるわけでもないので、軽く身だしなみを整えるとすぐさま部屋を後にした。

 まだ眠気が抜けきっていないのか、藤城は時折大きな欠伸をしながら鬼道院の後ろをついてくる。

 一見すると警戒心がないようにも見えるが、常に視線を背後に配り、正面から誰か来た時には自分を盾にできるよう細心の注意を払いながら歩いている。何気なく後ろを振り返った鬼道院は、藤城の動きをそう評価した。

 銃を持ったプレイヤーがいることを知っている鬼道院からすれば、その判断は至極妥当なもの。しかし一晩中連絡通路を見張っていた藤城は、おそらく橋爪が死んでいることも銃を持ったプレイヤーがいることも知らないはずである。それを考えると少し警戒心が高すぎるように思えてしまう。

 おちゃらけているように見えてその実は油断のない、頭の回る男というのが藤城に対して持っていたイメージ。だが、おちゃらけているのもただ単に臆病さを隠すための演技――強がりに過ぎないのではないかとイメージが揺らぐのを感じた。

 そんな自分の考えを打ち消すように、鬼道院は首に下げた数珠をそっと撫でる。相手への疑いや侮りはできるだけ避けるべきもの。人間というのは好意的な感情へは鈍感であれども、自身を蔑むような悪意には敏感である。

 これ以上余計な考えを抱かぬよう、鬼道院は「そういえば」と話題を持ち出した。


「今朝、シアタールームで東郷さんと出会いまして、夕食をご一緒するよう誘ったのですよ。最初は断られるものと思っていましたが、意外にも承諾していただけまして。おそらく既に、大広間で私たちのことを待っていることと思います」


 多少予想していたことではあるが、東郷の名前が出た途端に藤城の表情が見事に曇った。包丁を投げつけられたことや、その後の態度に対して今も苛立ちを覚えているのだろう。

 しかし流石に広間へ向かうことを止めたりはせず、不愉快そうに顔を歪めながら会う理由を尋ねてきた。


「教祖様が決めたことなら特に異論をはさむつもりはないがよ。どうしてあんな奴を夕食になんて誘ったんだ? 腹立たしいが既にチームを組んでるし、あいつが教祖様に何か利益を与えるようなことをしてくれるとは思えないんだが」


 鬼道院はゆったりとした笑みを浮かべ否定する。


「そんなことはありませんよ。チームを組んでいるとはいえ、それはゲーム攻略を盤石にするものではありません。最後まで勝ち残るためには、それに加えて敵の情報を集める必要があります。そして私と彼とでは、会話をする相手が大きく異なる」

「……まさかとは思うが、俺を売るつもりじゃないだろうな」


 声を潜め、その場で立ち止まる藤城。今まで一度も向けられていなかった、明確な敵意を放ち鬼道院を睨み付けてくる。

 鬼道院は敢えて藤城から目をそらすと、自身は立ち止まることなく連絡通路を渡り始めた。この場面で無視されるとは思っていなかったのか、藤城は慌てた様子で後を追ってくる。鬼道院は横目でそれを確認すると、微かに歩調を緩めて言った。


「私はあなたのことを、些か過大評価していたようです。東郷さんに会う以前に今の話をしたことの意味を、藤城さんなら理解してくれると思っていましたが。伝わりませんでしたか」


 小さくため息を一つ。すると藤城は焦った様子で弁解し始めた。


「い、いや。もちろん理解してるに決まってるだろ! そりゃ俺を売るつもりでいるなら今ここでそんな話をするわけないもんな! ええと、だからあれだろ。東郷の野郎には俺に関する嘘の情報を流して撹乱し、あいつからの情報だけを実質一方的にもらい受けると。だから俺には妄信的に教祖様を信用しているように振る舞わせて、こちら側の嘘ができるだけばれないようにして欲しいって頼みたかったんだろ?」


 額に冷や汗をかきながら、間違っていないことを確かめるように青ざめた表情で顔を覗き込んでくる。どうして藤城がここまで焦っているのか、相も変わらず鬼道院自身は気づいていないが、勿論彼の特殊体質(?)のせい。嘆息して見せるだけでも、常に放つ雰囲気の数倍のプレシャーを周囲にまき散らす。それはまるで、自分の存在価値を全否定されたように感じる程に。

 まあそれはともかく、藤城からの誤解を素早く解けたことにホッとした鬼道院は、口調を和らげて言った。


「変な誤解は解けたようで嬉しいです。ただ、私が藤城さんに求めていたことはそれではありません。東郷さんに話す内容について、いくつか了承をいただけないかと考えていました」

「あいつに話す内容……?」


 近づいてきた温室に目をやりつつ、鬼道院は小さく頷く。


「今朝話したところ、東郷さんは非常に疑り深い方であることが見て取れました。ですから、こちらから何か情報を渡したとしても、それを素直に信じることはまずないと思うのです。なのでいっそのこと、今日起きたことや、藤城さんから教えていただいた十四人目の可能性について。余すことなく私の知る事実を話してみよう、と考えていました。ただ、もし藤城さんがこの情報を独占しておきたい。彼に話すのは嫌だというなら、話す内容をいくつか限定する必要があります。そこでどこまでなら話してもいいか――」

「いいぜ、全部話しちまってよ」


 すべて言い終える前に、藤城はにやけた笑みを浮かべ鬼道院の申し出を承諾した。そして笑いを抑えきれないと言った様子で、大広間にいるであろう東郷へと視線を向けながら呟きだす。


「確かにあいつはかなり疑り深い奴だろうからな。教祖様の言葉なんて一割程度も信じやしないだろう。ましてソースが俺の話なんて、絶対に俺らが何か企んでいると深読みするに決まってる。きっと教祖様がどうしてそんな作り話をしたのかについて必死に考え込むだろうよ。くくく、考えるだけでも笑いがこみ上げてくるぜ」


 難しい顔でむっつりと黙りこむ東郷の姿でも思い浮かべているのか。藤城は一転、楽しそうに笑い声を漏らしている。


 ――青ざめたり笑ったりと忙しい人だ。


 それが自分のせいであることを棚に上げ、鬼道院は呆れた視線を藤城に投げかけた。


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