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グローリア  作者: 沢良木由香里
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序章



「……ヘンリーの嘘つきっ」



■序章



 ねえ 神様

 この世にある全ての魂は 等しく生きることを許されているのでしょう?

 ならば 私は願います

 生を全うし 死に流れるその瞬間まで

 空に流れる星達の如く 我々に幸せが降り注ぎますように

 グローリア グローリア グローリア

 明日をねがう存在全てに栄光あれ


 ねえ 神様

 信ずる者は報われると あなたは赤土の上にひれ伏す私に仰ってくれたでしょう?

 だから 私は祈ります

 不幸を乗り越えた先にあるだろう 幸福を

 空に流れる星達の如く 我々に幸せが降り注ぎますように

 グローリア グローリア グローリア

 明日をねがう存在全てに栄光あれ



 少女は声を絞り出し、子守歌を口ずさむ。

 かさついた唇で紡ぐ歌。ただ祈り許しを請うように少女は喉を震わせていた。

 ゆらゆらと、ランプが軋みながら揺れる。無数の小さな傷がついた年季もののテーブルやイス、板張りの床が、木窓から零れてくるオレンジ色の太陽に照らされ色づく。

 誰の声もしない。少女の微かな呼吸音だけが部屋中に充満していた。

 指一本さえ、動かせない。

 こうして床に倒れ伏し、何日経っただろう。喉がひりついて、呼吸する度に酷く痛む。

 霞む視界に映り込む血だまり、動かない腕、投げ出した痩せぎすの足。

 そして――。

 現実から目を逸らすため、少女は静かに瞼を閉じる。彼女の傍には、銀色に輝く細身の剣で貫かれた三つの死体があった。

 憎しみが、悲しみが……砕かれた腕の血潮より共に噴き出て、たぎる。

「生きてる?」

 唐突に、空気を切るような声に鼓膜が震えた。少女は呼びかけに応じ、瞼を持ち上げる。

 開け放たれた戸口に、一つの人影が寄りかかっていた。人影は少女の方へまっすぐ歩いてくる。

 青年だった。年の頃は二十歳前後だろう。

 彼は屈み込んで、床に這いつくばった少女の顔を覗き込んでくる。少女の目と青年の目がかち合った。


 赤い赤い瞳。

 鈍く光る紅い眼差しは、夕暮れの空と同化してある種の恐怖を感じさせる。


 少女と同じ赤い瞳を持つ青年は、赤茶けた髪を揺らめかせた。彼の右耳朶に光る逆十字のピアスが夕陽に反射し、眩しい。

 少女は弱々しく手を伸ばした。

 彼女は感覚がマヒした指先で青年の頬を撫ぜ、目じりに触れる。

 感情の削げ落ちた青年の赤い瞳に、少女の姿が映り込んだ。

 少女は赤く濡れた双眸を細めて笑ってみせた。

「一緒だね」

 少女の言葉を受け、人形さながら無表情であった青年は、わずかばかり身じろぎする。


 ――そこで、少女の意識は途絶えた。



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