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残されしそれぞれの終わり

 ルシフェル


 万魔殿パンデモニウム・最深層。


 ルシフェルは、玉座に座っていなかった。


 背を預けることもなく、

 ただ、床に立っている。


 翼は完全には戻らない。

 黄金だった羽根は、半分が黒く焦げ、

 半分は欠損として存在しない。


 顔の皮膚は再生したが、

 それでも現実に削られた感触だけが、消えなかった。


「……削られたな」


 独り言のように呟く。


 怒りはない。

 敗北感もない。


 あるのは、確信だけだった。


 世界は、確かに自分を拒んだ。

 だが、それは「条件不足」という意味だ。


「神が動かぬ世界か」


 セーラは裁かなかった。

 それが、何よりも重要だった。


 動かない神。

 それを前提に成立する世界。


 ルシフェルは、静かに笑う。


「ならば──

 条件は、世界そのものに揃えさせる」


 彼の視線は、すでに次の盤面を見ていた。



 ⸻


 タナトス


 冥界境界。


 タナトスは、鎌を地面に突き立てていた。


 死は、流れてこない。


 魂は落ちるが、

 途中で止まり、散り、

 冥府に届かない。


「……仕事にならん」


 呟きは、珍しく苛立ちを含んでいた。


 死が循環しない世界。

 それは、彼の存在意義そのものを曖昧にする。


 だが、同時に、


 彼は、気づいている。


 これは奪われたのではない。

 上書きされたのだ。


「神だったものが、

 死の定義に干渉している……」


 鎌を肩に担ぎ直す。


「面倒だが……興味深い」


 タナトスは、初めて待つという選択をした。



 ⸻


 ハデス


 冥府・深層。


 ハデスは、沈黙していた。


 冥府は存在している。

 だが、満たされていない。


「……リセット、か」


 彼は理解していた。


 この世界は、

 もはや修復できない。


「棺…としての、箱庭……」


 それは、救済であり、同時に終焉だ。


 ハデスは、目を閉じた。


「それでも……

 耐える、者は、必要だ」


 ⸻


 マグナ


 荒廃した戦場跡。


 マグナは、瓦礫の間に座っていた。

 

 血も泥も、時間の経過とともに乾ききっている。


 だが、マグナの目は、まだ生きていた。


「……終わったんね……」


 戦う理由すら消えた世界。


 身体は疲弊しても、魔法が使えなくても、

 マグナの心は折れない。


 世界はセーラの意思で静かに収束していく。


 マグナはその流れに逆らわず、

 自分の存在を確かめながら、歩みを進める。


 生き残った者の責任として。



 ──


 スルト


 万魔殿・外縁。


 スルトは、剣を地面に突き立てて立っていた。


 革命軍は滅びた。

 敵は、もういない。


 だが──

 満足はない。


「……価値が、消えた」


 神が去った世界。

 戦う理由そのものが、溶けていく。


 スルトは、剣を引き抜く。


「次は……

 世界そのもの、か」


 その瞳に、迷いはない。


 ⸻


 パトラ


 地下避難区画。


 パトラは、マリアの隣で膝を抱えていた。


 怒りは、もうない。

 残っているのは、喪失だけだ。


「……兄は、何も言わなかった」


 神が去った、と言われた時。

 スルトは、振り返らなかった。


 それが、何よりも辛かった。


「セーラ……」


 恨めない。

 責められない。


 だからこそ、苦しかった。


 ───


 マリア


 ノースヘヴン跡地。


 瓦礫の上に、マリアは立っていた。


 祈りは、届かなかった。

 奇跡も、起きなかった。


 だが、

 心は、壊れなかった。


「……それでも」


 小さく呟く。


「それでも、あたしは生きてる」


 救われなかったが、

 消されもしなかった。


 それが、セーラの答えだと、

 彼女はそのことを胸に留めた。


 ⸻


 オルド


 観測端末室。


 オルドは、箱庭アプリのメイン画面を前に黙り込んでいた。


 数式が、成立しない。

 だが、世界は続いている。


「……管理者不在で、安定する?」


 笑うしかなかった。


「ふざけた世界だな」


 それでも、

 彼はログを取り続ける。


 誰かが、見ているかもしれないから。


 ⸻


 ジュリアン


 オルドの隣。


 瓦礫の都市、停止した神々、崩れた因果。


「……これで、システムは……完了、か?」


 箱庭に神が必要な時代は、確かに終わった。

 だが、世界はまだ動いている。


 ジュリアンは、手に残る感覚を確かめながら、

 ただ人間として生きる覚悟と同時に、管理者としての観測責務も決めていた。


 ⸻


 ライナス


 研究区画・最奥。


 ライナスは、すべてを見ていた。


 箱庭。

 神。

 セーラ。


「……やはり、そうなるか」


 唯一神プロトコルは、

 すでに意味を失っている。


 だが──

 彼は、解除しない。


「棺は……

 閉じるためにある」


 その判断が、

 世界を“原初”へ送ることになると、

 彼は知っていた。


 ⸻


 そして


 レイヤー14。


 セーラは、動かない。


 裁かない。

 救わない。

 命じない。


 ただ、在る。


 それだけで、

 世界は終わりへ向かって収束していく。


 ⸻


 終幕。


 世界は、まだ続いている。


 だが、もう……

 戻らない。


 次に来るのは、修復ではない。


 原初への回帰だ。


お読みいただきありがとうございました。

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