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落下する者『永続固定』

(ジ・エーフ・キース 神霊の血と盟約と祭壇を背に我 精霊に命ず 雷よ 落ちよ……!)


 マグナは充分な距離を取って、セーラに向けて攻撃魔法を詠唱する。

 暗黒魔術の手法によって、より強力な風精を制御し、セーラへ雷撃を叩き込む。



 « 雷電撃怒濤(ライ・オット)!!»



 落下体セーラに、マグナの極大雷撃が直撃した、はずだった。



 ズズガガガガドォォォォォン!!



 蒼白い雷光がセーラの欠けた身体へ到達する直前、何か“透明な線”が走り、雷が真っ二つに割れた。


【Error_014:Observer authority denied】


 攻撃がセーラに届く直前で裂け、別の軌道へ押し返される。

 まるで世界そのものがセーラを守っているかのようであった。


「よっしゃ直撃ィィ……って、え?」

「無駄だ、マグナ」

「なんでぇ!? 絶対当たったでしょ今!!」

「……あれは書き換わる。

 攻撃を加える側が、逆に観測されてしまう」

 タナトスは静かに語った。


「安易に手出しはできん。

 触れた瞬間、こちらのレイヤーが壊される」


「じゃあどぉすれば……?」

 マグナは焦れたように訊く。


「セーラという現象そのものが書き換わっている。

 外部の魔法は全て、到達前に整合性チェックで弾かれるようだ」

 タナトスが低く言い放つ。

「物理攻撃や魔法は効かない、だが……」

 そして前に出るタナトス。

 黒い霊火が周囲を照らし、空気から温度が消える。


死之呪言ネクロ・ロアはどうだ。

 魂に直接触れる術だ。逃れられまい」


 タナトスは地面に死者の烙印を描き、儀式の詠唱を始める。


(死の名を告げる──ここに堕つは、いまだ未完の魂。万象よ、帰順せよ……)


 黒焔がセーラへ伸びた瞬間、

 儀式陣そのものが「上書き」されて別の符号体系になり、砕け散った。


「……っ!?」


 死の神が震えながら呟いた。

「馬鹿な……死の術式まで……」


「ダメでしたね…」

「儀式文が……書き換えられている。

 これはセーラが行ったのではない。

 この世界が、セーラを守るように自動修正している……!」


 セーラはまるで世界のバグそのもののように光の尾を引きながらただずんでいた。


「そして……彼女はまだ落下している……

 落下という概念に縛られているのだ」


「ど、どういうことですかぁ?」


「つまり、落下イベントに永遠に固定されている」


 落下を続けるセーラの体は、

 触れられない。

 攻撃できない。

 救えない。


 世界が悲鳴を上げていた。



 ◆



 万魔殿パンデモニウムでは静寂の中、ルシフェルの低い声が響く。

「世界は二択だ。

 セーラを殺せば運命の落下は止まる。

 セーラを生かせば世界は落下し続ける。

 ……だが、ただ一つだけ第3の道がある」


 彼は破れたレイヤーを見つめ、計算結果を呟く。


「セーラ自身が複数人格を統合し、Layer13と再接続するならば……

 リセットではなく『書き換え』が可能となる。

 世界存続は、セーラの選択に依存する」

 ルシフェルは軽く指を鳴らす。

 その音は、壊れかけたオルゴールみたいに濁った。


「選ぶのはセーラ自身だ」

 虚無の背後。金の翼の奥から冷たい声。

 世界の存続を、セーラという一個体に依存させる、それが、この壊れた箱庭の最終仕様ファイナル・プロトコルだとは……

 ルシフェルは苛立ち、眉間に深い皺を寄せた。



 ◆



 神界。白光の虚無。

 世界の色が“白”に抜け落ちていた。

 色のない光だけが続く、未完成の世界。


 少年の姿をとった唯一神は、崩れた石柱に腰を掛けながら下界の様子を感じ取る。

 足をぶらぶらと揺らし、まるで退屈をもてあます子どものように。


「セーラ、何故13から舞い戻った……?」

 少年は、下界に伸びる亀裂の向こうを覗きこみ、ため息をつく。

 遠くで光の軌跡を引きながら暴走してゆくセーラを見つめる。


「私のたった2%が抜けただけで、世界線の端っこがずっとバグに侵されている」


 指先でぴしっと空を弾く。

 白い天蓋にヒビが走り、レイヤー014の雲がちぎれた。


「観測が始まる合図だね」


 白光の奥から、巨大なノイズ音が聞こえた。


「まさか君が持ってるのか? 私の失われた2%を……」

 少年の神は僅かに笑う。だがその笑みは、どこか崩れていた。


「もしそうなら、この世界ももう壊れなくて済むのに……」

 白い空に走った裂け目の向こうで、黒い空洞が露出する。


「……」

 一瞬だけ、少年の顔に“本物の痛み”が浮かぶ。


 しばらく沈黙のあと、少年はぽつりと呟く。

「君が落ちるのを見るのは嫌なんだ。でも止められない」

 声の奥に、子どもみたいな無力感が滲む。

 虚無の先で、何か異質なものが目を覚ますようにヒビ割れた。


「……ごめんね。今の私に出来ることは何もない、ただ行方を見届けることしか……」

 少年は空を見上げる。

 天蓋、Layer014の雲に、一筋の光が瞬いた。

 世界の背骨が軋む音がした。


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