表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/98

歪んだホーム

 空気が異質であった。

 色が薄い、そういう話じゃない。

 例えるなら"世界そのものが息をしていないような"嫌な静けさ。


 セーラ不在の中、マリアは胸の奥がざわつくのを止められなかった。

 部屋の床には、白い羽根の欠片が一枚。輪郭がバグったように、微かなノイズを走らせながら存在していた。


 そのとき、革命軍リーダーの持つ簡易端末に通知が走る。


《警告:HK-014 / 対象SERA-01 消失認定》


「……消失。認定……」

 喉の奥が詰まったマリアは、羽根の欠片を握りしめ、森の中へ走り出した。


「待て、マリア!」

 仲間のひとりが呼び止める。


「もうすぐ東のエルフ女王の森へ奪還に行く」

「セーラが居なくても行くの!?」

「予定は変えられない」

「……」


 マリアは深呼吸し、端末の警告を背に、迷いを振り切る。


「マリア、大丈夫だよ。あのセーラだもん」

 パトラが微笑む。


 仲間たちも武器を手に、森の方向へ足を踏み出す。

 マリアはセーラのことを考えるたび、胸の奥がざらつき、背筋に冷たいものが走った。

 葉を通り抜ける風は歪み、遠くから聞こえる鳥の声もどこか不自然であった。


 革命軍の隊列は静かに森の奥へ進む。

 パトラは小声で指示を飛ばし、森全体を一瞬で見渡し目を光らせていた。


 隊列の真ん中を歩くマリアの胸には、重苦しい決意が宿る。

 枝や葉が微妙に上下する。意識していなくても、森の呼吸が伝わってくるようであった。


 森に足を踏み入れると、間もなく異常が現れた。

 地面の苔が波打ち、踏み込むたびに僅かに揺れる。

 影の奥で何かが蠢く。


「……気配、感じる?」

 パトラの声に、マリアは頷く。


 最初の接触はすぐに起こった。

 小さなホブゴブリンの群れが茂みから飛び出し、牙や爪を振るう。


「ホブゴブゴブゴブッ!」


 マリアは腰の武器を構え、光を迸らせる。

 パトラは背後で魔力を解き放ち、悪魔たちの進撃を粉砕した。


「うわっ、動き速い!」

 まだ訓練不足の兵士が叫ぶ。

 森を利用するマリアたちは、巧みに枝や茂みを盾に悪魔を倒していった。


 小規模戦闘を制した後、森の奥にひっそりと潜む影が現れる。


 森を進む途中、隊列の上空に赤い光の残像がちらついた。


「……見たか?」

 誰もが立ち止まり、視線を上げる。

 赤いノイズの穴。セーラ不在でも、世界は異常を残している、マリアは理解した。


 それでも彼女は羽根の欠片を握り直し、足を前に出す。

 森の影が濃くなるほど、緊張は高まった。


(雑魚ばかり……私ひとりでも充分ね)

 パトラは言葉にせず、ひとりでずんずん進む。


「パ、パトラさん、隊列を……」

 気弱な少年兵士がオドオド声をかける。


 パトラは箱庭秘宝地図トレジャー・マップを眺めていた。

 森の奥深い湿地帯に、複数のレアアイテムが固まっていることを示している。


「ちょっとお先~♪」

「まっ待って」

 パトラは少年兵士を尻目に奥深くへ飛んだ。


 飛ぶとあっという間に財宝の場所に到着する。

 手に取ったのは三日月模様の『ルーナスティック』。

 呪文回復量を20%上げ、無属性の真空気流魔法ディエンティアーの効果を持つ魔法武器である。


「よし、これはマリアに。他はめぼしいものないわね」

 パトラはアイテムを袋にしまい込み、顔を上げる。



(…………!??)


 視界が突然、日常の残像で侵食された。

 緑の樹々の間に、異様にリアルな駅と線路、ホームがぽつんと現れる。

 木漏れ日に反射する赤信号の光が、森の薄暗さと奇妙に混ざり合う。


 風の匂いが変わった。苔や湿った土の匂いに、油とコンクリートの匂いが混じる。

 ホームの床は踏むとひんやり冷たく、無機質な感触が足裏に伝わった。

 自動改札機は無人のまま、ピッと電子音を響かせ、森の静寂に不自然なリズムを刻む。

 ベンチには埃もなく、まるで誰かがさっきまで座っていたかのように生々しい。


 線路の向こうでは、電車の姿はないのに、架線が揺れ、遠くから金属のきしむ音が聞こえた。

 まるで森と都市が重なり合っているかのように、景色の奥で二つの世界が混線していた。


「こ、これって……」

 追いついた隊列の全員が立ち止まり、息を呑む。

 目を凝らしても、森の奥と駅のホームの境界は曖昧で、どこからが現実で、どこまでが異常なのか判断できない。

 葉の間を吹き抜ける風が、無機質な冷気を運び、その蒼い巻き髪に触れるたびにパトラの背筋がぞくりと震えた。


 マリアは羽根を握り直す。

 セーラはいない。しかし世界は異常を告げ、次の試練が迫っていることを知らせていた。


 隊列がホームを通過する直前、線路上に赤い光の裂け目が開く。

 森の深緑と都市の灰色が交錯する、奇怪な空間で、革命軍一行に決定的な試練が降りかかろうとしていた。


お読みいただきありがとうございました。

↓↓ブクマ、星評価ぜひお願いします。励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ