歪んだホーム
空気が異質であった。
色が薄い、そういう話じゃない。
例えるなら"世界そのものが息をしていないような"嫌な静けさ。
セーラ不在の中、マリアは胸の奥がざわつくのを止められなかった。
部屋の床には、白い羽根の欠片が一枚。輪郭がバグったように、微かなノイズを走らせながら存在していた。
そのとき、革命軍リーダーの持つ簡易端末に通知が走る。
《警告:HK-014 / 対象SERA-01 消失認定》
「……消失。認定……」
喉の奥が詰まったマリアは、羽根の欠片を握りしめ、森の中へ走り出した。
「待て、マリア!」
仲間のひとりが呼び止める。
「もうすぐ東のエルフ女王の森へ奪還に行く」
「セーラが居なくても行くの!?」
「予定は変えられない」
「……」
マリアは深呼吸し、端末の警告を背に、迷いを振り切る。
「マリア、大丈夫だよ。あのセーラだもん」
パトラが微笑む。
仲間たちも武器を手に、森の方向へ足を踏み出す。
マリアはセーラのことを考えるたび、胸の奥がざらつき、背筋に冷たいものが走った。
葉を通り抜ける風は歪み、遠くから聞こえる鳥の声もどこか不自然であった。
革命軍の隊列は静かに森の奥へ進む。
パトラは小声で指示を飛ばし、森全体を一瞬で見渡し目を光らせていた。
隊列の真ん中を歩くマリアの胸には、重苦しい決意が宿る。
枝や葉が微妙に上下する。意識していなくても、森の呼吸が伝わってくるようであった。
森に足を踏み入れると、間もなく異常が現れた。
地面の苔が波打ち、踏み込むたびに僅かに揺れる。
影の奥で何かが蠢く。
「……気配、感じる?」
パトラの声に、マリアは頷く。
最初の接触はすぐに起こった。
小さなホブゴブリンの群れが茂みから飛び出し、牙や爪を振るう。
「ホブゴブゴブゴブッ!」
マリアは腰の武器を構え、光を迸らせる。
パトラは背後で魔力を解き放ち、悪魔たちの進撃を粉砕した。
「うわっ、動き速い!」
まだ訓練不足の兵士が叫ぶ。
森を利用するマリアたちは、巧みに枝や茂みを盾に悪魔を倒していった。
小規模戦闘を制した後、森の奥にひっそりと潜む影が現れる。
森を進む途中、隊列の上空に赤い光の残像がちらついた。
「……見たか?」
誰もが立ち止まり、視線を上げる。
赤いノイズの穴。セーラ不在でも、世界は異常を残している、マリアは理解した。
それでも彼女は羽根の欠片を握り直し、足を前に出す。
森の影が濃くなるほど、緊張は高まった。
(雑魚ばかり……私ひとりでも充分ね)
パトラは言葉にせず、ひとりでずんずん進む。
「パ、パトラさん、隊列を……」
気弱な少年兵士がオドオド声をかける。
パトラは箱庭秘宝地図を眺めていた。
森の奥深い湿地帯に、複数のレアアイテムが固まっていることを示している。
「ちょっとお先~♪」
「まっ待って」
パトラは少年兵士を尻目に奥深くへ飛んだ。
飛ぶとあっという間に財宝の場所に到着する。
手に取ったのは三日月模様の『ルーナスティック』。
呪文回復量を20%上げ、無属性の真空気流魔法の効果を持つ魔法武器である。
「よし、これはマリアに。他はめぼしいものないわね」
パトラはアイテムを袋にしまい込み、顔を上げる。
(…………!??)
視界が突然、日常の残像で侵食された。
緑の樹々の間に、異様にリアルな駅と線路、ホームがぽつんと現れる。
木漏れ日に反射する赤信号の光が、森の薄暗さと奇妙に混ざり合う。
風の匂いが変わった。苔や湿った土の匂いに、油とコンクリートの匂いが混じる。
ホームの床は踏むとひんやり冷たく、無機質な感触が足裏に伝わった。
自動改札機は無人のまま、ピッと電子音を響かせ、森の静寂に不自然なリズムを刻む。
ベンチには埃もなく、まるで誰かがさっきまで座っていたかのように生々しい。
線路の向こうでは、電車の姿はないのに、架線が揺れ、遠くから金属のきしむ音が聞こえた。
まるで森と都市が重なり合っているかのように、景色の奥で二つの世界が混線していた。
「こ、これって……」
追いついた隊列の全員が立ち止まり、息を呑む。
目を凝らしても、森の奥と駅のホームの境界は曖昧で、どこからが現実で、どこまでが異常なのか判断できない。
葉の間を吹き抜ける風が、無機質な冷気を運び、その蒼い巻き髪に触れるたびにパトラの背筋がぞくりと震えた。
マリアは羽根を握り直す。
セーラはいない。しかし世界は異常を告げ、次の試練が迫っていることを知らせていた。
隊列がホームを通過する直前、線路上に赤い光の裂け目が開く。
森の深緑と都市の灰色が交錯する、奇怪な空間で、革命軍一行に決定的な試練が降りかかろうとしていた。
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