欠落
セーラとマリアは革命軍のキャンプにパトラを残し、物言わぬカイの遺骸を背負って神界へ向かおうとしていた。
荷をまとめ、短い別れを告げたその瞬間。
──ザザッ。
曇天の空に、画面の乱れたノイズが走った。
薄い雲を裂くように、知らない都市の光景が一瞬だけ重なる。
高層ビル。混雑した交差点。夕暮れの街並み。
空のどこにも無いはずの場所が、空に投影されていた。
『……速報……』
空のノイズの端に、日本語の文字列が滲むように浮かんでは消えた。
「また……現実世界の……映像?」
マリアが息をのむ。
次の瞬間、映像は砂嵐に崩れ落ち、
雲の切れ間に異常なシステム文字がちらついた。
『外界ログ干渉検知:神界層との境界が不安定です』
風が吹くと同時に、それらは何もなかったように霧散した。
「どういう……?」と問う暇もない。
カイの遺骸の重みが、いま戻るべき場所を思い出させる。
「行こう。今は……カイが先」
セーラとマリアは顔を上げ、光の階段へと歩き出した。
現実の異変に目を奪われながらも、止まることはできなかった。
そうして辿り着いた神界。
霧のような光が漂い、再構築中の世界は不安定な息遣いをみせていた。
「ここなら……カイを……また蘇生できるかもしれない」
セーラの声は掠れ、だが覚悟に満ちていた。
「でも……天使たちは…誰もいないのね……」
マリアは小さく呟く。背中のカイの冷たさが、二人の胸を重く押さえつけた。
神界は無言の重みを帯び、白く冷たい光が微かに差し込む。
空間のざわめきが耳に届き、二人の心拍に微妙な違和感を残す。
霧のように淡く光る神界の門。
再構築途中の神界は、以前の輝く宮殿ではなく、破片化した法則や断片化した演算式が空中で狂ったように煌めいていた。
セーラは光を見つめ、唇を噛む。
「……ここまで来ても、神界の制約は消せない……」
ルシフェルプロトコル……唯一神の力さえ縛る法則。
それを破ることは何人たりともできない。
光が肌を刺すように冷たく、心を重く沈める。
二人はダメ元で光の円にカイを抱き上げる。
肩にかかる重みは冷たく、鼓動も呼吸も感じられない。
「カイ……戻って……」
セーラは深く息を吸い、胸の奥の痛みに耐えた。
マリアも静かに呼吸を整え、全神経を集中する。
だが光は瞬くだけで、カイの身体に反応はない。
冷たさが骨にまで染み渡り、微かな力の消失を二人は感じ取った。
「……やっぱり……だめ……」
セーラは目を閉じ、掌でカイの手を握りしめる。
希望と絶望が交錯し、胸の奥で炎が揺らめく。
それでも二人は諦めず、光の最奥へ向かう。
そこには、あどけない少年の姿をした唯一神が、静かに待っていた。
「セーラ・ケルブ。君の願いは理解しているよ」
優しい声だが、底が抜けていた。
悲しみを知らない機械が模倣する優しさのようで、心に刺さる冷たさがあった。
「お願いに来ました。彼を……カイをまた蘇らせてください」
セーラの声は震え、息も詰まりそうになる。
「んー、残念だが、今回の彼は魂の原型ログが存在しない」
唯一神は無慈悲に淡々と答えた。
「……どういう……こと……?」
膝が崩れかけるセーラ。
「彼は観察権限を行使した。その瞬間、魂は天界でも冥界でもない層《始源外縁オリジン・リム》へ触れた。アナンタの干渉により、その層は破壊され……魂の座標は消失した」
唯一神は一瞬の沈黙のあと低く告げた。
「アレフと同じ……もう、生き返らないのね……」
二人は涙を飲み込み、カイを光の円に残す。
そして光の中のカイに最後の視線を送った。
地上に戻ると、冷たい風が二人の肌に触れる。
革命軍のキャンプ、仲間たちの視線が二人に注がれる。
誰も口を開かず、だが胸の奥に張り詰めた空気を感じていた。
武器や防具を整え、魔法陣を再構築する音が響く。
パトラは情報解析に集中しつつも、視線は時折神界を向き、二人の帰還を気にかけていた。
仲間たちは小声で作戦の確認を交わし、まるで全員が次の戦いの気配を肌で感じているようであった。
戦場の準備は静かに進み、地上の緊張感は失われていなかった。
二人を見送った唯一神は光の中で、安堵と微かな懸念を混ぜたように静かに脈動した。
「だが、絶対ではない……君が選ぶならば、その道は救いでもあり、破滅でもある」
唯一神の身体は完璧に再構築されているが、精神のわずか2%、神としての根源的核が欠落している。
微かに遅れる呼吸や、表情の違和感にそれが現れていた……。
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