中央収束(カタストロフ・ノード)
中央区・オルド塔跡地。
風の音すら吸い込まれて消える静寂の中心に、五つ目の穴《中央歪曲点》は存在していた。
セーラは、遠くからその景色を見ていた。胸の奥が軋む。
「……嫌な音がする。あの穴……すすり泣きのような」
空間が盛り上がり、凹み、呼吸するように脈動している。穴というより、世界の方がめり込んでいくような異常。
その周囲に、四つの歪み穴から現れた異形たちが次々と集まり始めていた。
歩いているのではない。吸い寄せられている。
足を動かすという概念すらなく、世界に滑らされるように中央へ落ちてくる……。
カイは息を吐いた。その肩はわずかに震えていた。
「セーラ、後ろへ下がれ。なんか、変だ……オレさっきから頭の中で鐘の音が……」
セーラの瞳が揺れる。
彼女の紅眼が穴ではなく、カイの脳奥の歪みを捉えていた。
黒と白の線がカイの意識ににじむように入り込み、脳の記憶が一瞬だけ学校の音に塗り替わっていく。
チャイム。
黒板を引っかく音。
女子生徒たちの笑い声。
現世のデータがカイを通して侵入し始めていた。
「っ……っぐ……!」
カイは額を押さえ、膝をつく。
(このままだと……カイが穴の一部にされる……!)
セーラが手を伸ばした、その瞬間、遅れて悪魔勢が降り立った。
黒い羽の風圧が、世界ごと押しつぶすように吹き抜けた。
黄金の十二枚翼のうち二枚は焦げたように黒ずみ、そのルシフェルの背後にはアスタロト、ハデス、タナトス、ヒュプノス達が影のように控えていた。
「……来たか。中央収束が」
ルシフェルの視線がセーラを通り越し、カイへ向く。
「……人間。お前は触れられたようだな」
「触れられた……? 何に──」
カイの返事にルシフェルは手を軽く振り、雑音として扱うように遮った。
「セーラ」
名を呼ばれ、セーラは背筋を強制的に正されるような感覚に襲われた。
「……は、はい」
「お前は中央歪曲点の侵食に耐えられるだろう」
「中央…歪曲点……」
「死にはしない。ただし、お前の存在階層は変わる。天使でも悪魔でも、人間でもなくなる」
その言葉にセーラの喉が震えた。
「世界を救うか、お前の仲間を守るか……どちらも両立はしない」
ルシフェルが冷たく続ける。
「やめろ……セーラ、聞くな……!」
カイが呻きながら顔を上げる。
「これは、世界の選択だ」
ルシフェルが静かに言い放つ。中央の穴が反応する。
その時、中央歪曲点が震えた。
空気が弾け飛ぶような衝撃に世界の色が一度だけ反転する。穴の奥で、何かがこちらを見ていた。
その視線にセーラは胸を押さえ、後ずさった。
「この世界の外側にいる原初の系譜だろう、神でも悪魔でも天使でもない。だが……」
セーラの瞳が大きく揺れる。
ルシフェルは翼を広げた。
「来るぞ。四つ穴の異形が融合している──!」
東の異形が飲み込まれ、
西の獣影が潰され、
南の死霊が引き裂かれ、
北の巨兵の足が折れ、
全てが中央へと吸い寄せられ、圧縮され、形を成した。
空から教室が降ってくる。
廊下の床が蛇のようにうねり、黒板が裂けて触手のような腕が伸びる。
椅子と机が骨のように軋みながら組み合わさり、巨大な人型の顔のない教諭に変化する。
その背後には、電車の車両が地を這う脚として生え、電灯が眼窩として光る。
「現世のデータと、この世界の異形が合成されたか」
ルシフェルが呟く。
「穴の外が、我々の世界を理解しようとしている。その副産物がこれだ」
アスタロトが囁いた。
「醜悪だな」
タナトスが大鎌を構える。
その瞬間、
混合体"現世降り"の出現異形が咆哮し、世界が軋み、中央歪曲点がさらに脈動する。
「カイは渡さない。わたしも…勝手に決めさせない……!」
セーラは翼を翻し、カイの前に立つ。その眼は紅く、迷いはなかった。
悪魔勢も動き、原初の声が穴の奥で不気味に囁いた……。
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