表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/98

淀み

 万魔殿パンデモニウム・第零会議室


 黒曜石の円卓を囲む影は五つ。


 ルシフェル。

 アスタロト。

 ハデス。

 タナトス。

 ヒュプノス。


 眠りの神ヒュプノスは、他の幹部と違って存在感が希薄であったが、その希薄さこそが異変をもっとも敏感に察知する。

 会議室は、沈黙と緊張で張りつめていた。

 普段なら仲間などと呼べぬ者たちが、今夜だけはひとつの沈黙に支配されていた。


 東西南北の歪み穴。

 どれも突如として活性化し、得体の知れぬ化け物が溢れ出している。



 アスタロトが円卓を軽く叩き、静寂を破った。


「……東の穴、そして南北西。すべて同時に変質を始めた。これは天界の残滓では説明がつかない」

 声は落ち着いていたが、指先がわずかに震えている。

 タナトスが目線だけを上げる。

「ベルゼブブはどうした? 報告が途絶えたままだが」

「覚醒人類都市で破壊された。魂ごとだ。復帰はない」

 アスタロトは淡々と言ったが、その瞳の奥は怒りで赤く揺れている。


「……そうか」タナトスが短く息を吐き、それ以上は何も言わなかった。


「四つの穴と、新しく出来た五つ目は違う」

 ルシフェルは指を一本立てる。その先から黒と白が混ざる微細な粒子が溢れ、卓上に投影される。


「観測を拒むか」

 タナトスが身を乗り出し、険しい表情で呟く。


「中央……オルドの塔跡地に突如出現した別種の穴だ」

 ゆっくりと円卓を見渡すルシフェル。


「しかも発生したのは、私が新しい計算式を完成させた、その瞬間だ」


「つまり、あなたの作業が誰かに見られていた、と?」

 アスタロトが眉をひそめる。ルシフェルは目線だけで微かに頷いた。

「内部か、外部か。どちらにせよ、あの穴は意志を持つ。そして我々の計画を妨害しうる存在だ」


「この中に裏切りの可能性か」

 アスタロトは苛立ったように指を鳴らす。


「完全、否定は、できない、な」

 ハデスの視線が揺れる。指先をわずかに震わせ、呼吸が乱れる。


「疑わしいと思えば、私が魂を視てもいいぞ。多少痛みは伴うが」

 タナトスが不敵に口角を上げる。


「まだ必要ない」ルシフェルの低い一言に、タナトスは静かに手を引いた。


 ヒュプノスは目を閉じたまま、眉間をわずかに寄せる。

 ハデスが口を開く。声は地下で響く雷鳴のように重い。

「五つ目の、時空の穴……天界でも、地界でも、ない…もっと、古い…原初の……」


「系譜だ」ルシフェルが引き継ぐ。


「開発者や覚醒人類の周波数と近いが、それより遥かに古く、濁っている」


「知的生物の感情の中で……恐怖は最も強く脆いものだが……この中央の穴は死、虚無の匂いがする」

 タナトスは腕を組んだまま、ぽつりと呟く。


「……美しい」

 アスタロトは五つ目の穴を見つめ、目を細めた。

 返事の遅れも微妙に計算されたようで、会議の流れには影響を与えない。


 ルシフェルが再び卓を指でなぞる。


「結論を言うと、五つ目の穴は触れるほど増える可能性がある、つまり……」


「今は放置だ」ルシフェルが断言する。


「四つの穴だけを封鎖し、五つ目は経過観察とする」


 ルシフェルは円卓上に四つの位置を示し、低く命じた。

「四つの歪み穴の担当を割り当てる」

 ルシフェルは淀みなく指名していった。


 東:ハデス

 ──腐蝕と地獄の泥で大地ごと封鎖。

 西:ヒュプノス、マグナ

 ──精神汚染フィールドで侵入者の判断力を奪う。

 南:タナトス、アグラト

 ──死の霊兵を展開し迎撃。

 北:アスタロト、スルト

 ──本陣。観測と封印式の構築。


「四つの穴は我々で対応できそうではあるが…問題は……中央の穴か」

 タナトスが静かに立ち上がる。


「何かが、我々を待っているようだ」

 アスタロトも続く。


 誰も言葉を返さなかった。だが全員が、胸の奥で同じ直感を共有していた。


 (……これは罠だ。しかも、こちらの思考を読んで先回りする知性の罠)


 ルシフェルは目を閉じ、ほんの一瞬、怒りを押し殺した。


(ライナス……見ているなら答えろ)


 目を開いた時、会議室は再び圧倒的な緊張で満たされた。


「行動を開始する。四つの穴を封鎖しろ。中央は…私が観る」

 ルシフェルの言葉に幹部たちはゆっくりと席を立った。


 その背後、誰も気づかない中、アスタロトは円卓の粒子を指でなぞった。彼にとってベルゼブブの喪失は、心に深く刻まれた傷であった。その指先はわずかに震え、目の奥に微かな淀みが残った。


お読みいただきありがとうございました。

↓↓ブクマ、星評価ぜひお願いします。励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ