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アトラス・フォールト

 ネオンの洪水が押し寄せる。

 磨き上げられたガラスと金属の塔が星を隠し、喧騒と欲望が街を覆い尽くす。


 オルドとジュリアンは、すでに現世へと戻り、箱庭アプリの制御を再調整していた。


 オルドの塔地下室から離れ、セーラ達が身を寄せた西方の都アトラス・フォールトは、いまだ光を失っていなかった。世界の都市が次々と悪魔の侵略で沈黙する中、ここだけが不自然なほど無傷のまま日常が続いていた。


 セーラは、その賑やかさに気圧されながら、アルメリアの田園とのあまりの違いに息を呑んだ。

 ここは高度文明都市圏(The Old Technopolis)の中核を担う都市の一つ。旧世界の科学文明の中心であり、大規模なクラスター都市として、地底に広大な研究網が張り巡らされている。自動化プラント、廃れたサーバー群、そして、旧時代の天才開発者たちの研究遺構…それらは、今も静かに眠り続けている。数千メートル級の塔が空を覆い、まるで夢のような、華やかな旧人類の楽園。しかし、その裏には、深淵が口を開けていることを、彼女はまだ知らない。


「すごい…まるで別世界ね…」


 マリアが、きらびやかなショーウィンドウを眺めながら呟いた。セーラは周囲に目を配りながら、努めて冷静を保とうとしていた。この街の空気は、どこか不穏なのだ。


 繁華街の喧騒から離れ、少し暗い裏道に足を踏み入れた時、突然、背後からマリアの悲鳴が上がった。


「きゃあ!」


 セーラと他の仲間たちは、即座に反応した。振り返ると、マリアは一人の男に取り押さえられ、首筋に鋭い牙が突き立てられている。男は血走った目でニヤリと笑った。吸血鬼であった。


 パトラは迷わず爆炎を召喚し、吸血鬼へと放つ。仲間の援護もあり、敵は悲鳴を上げながら灰となり闇へと消え去った。しかし、マリアは既に力なく崩れ落ちていた。


「しまった、マリア!」

「マリアしっかりして……!」


 セーラ達の呼びかけに、マリアは苦しそうに顔を歪めた。首筋には、深く、痛々しい牙の痕が残っている。


「…セーラ…私…」


 その瞬間、マリアの瞳の色が、鮮やかな紅玉色に変化した。肌は青白く染まり、口元には鋭い犬歯が覗く。吸血鬼化が始まっていた。


 セーラは、言葉を失った。


(マリアが、吸血鬼になってしまうの?)


 その時、空気が震える。アトラス・フォールトの空に巨大な空洞が、まるで口を開けたように出現した。それは、冥界と地上を繋ぐ異次元の裂け目。空洞は出現と同時に、まるで蜃気楼のように消え去った。しかし、街の四方角には、それとは別に消えない歪みの穴が、静かに、しかし確実に存在を主張していた。


 開発者の都市アトラス・フォールトの動きに対処するため、ルシフェルの命で派遣されたのは、眠りの神ヒュプノス。そして、もう一人。同じお付きの女魔アグラトとは比較にならないほど強大な魔力を持つ、魔神級の女魔、マグナ。さらにその後ろ。山を歩くような足音、巨人族が二体、地面を踏み砕いた。


 マグナは妖艶な笑みを浮かべながら、セーラ達を見つめた。足首に届くほどの長い髪、セーラと同じ元座天使(ソロネ)である堕天使、肩で笑う狂気の女魔。


 「えっやばッ、吸血鬼がいるじゃん! ねぇねぇ、あと少しで完全に狂吸鬼(バーサーカー)になるよそれ!」


 マグナの言葉は、セーラたちにさらなる絶望を突きつける。マリアの吸血鬼化、消えない歪みの穴、そして、二人の魔神の出現。セーラは激しく脈打つ心臓を押さえながら、覚悟を決めた。


(今は…オルド様たちはいない)


 この街を、そして、マリアを、自分が守り抜かなければならない。


 都市全体が揺れ、戦端がついに開かれた。

 西方戦線。人類最後の都市の、最初の"崩壊"が始まった。


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