デジタルノイズ
炎竜の咆哮が天層を裂き、空気が歪む。
「燃え尽きぬ審判を!」
炎竜がルシフェルに襲いかかる。その身を焼くほどの熱、光をも溶かす焔。だが、ルシフェルは微動だにせず、ただその中心に立っていた。
瞳に映るのは、遠い昔の白い空。
「懐かしいな、その光。あの頃はお前の炎で暖を取った」
その瞬間、ルシフェルの右手がゆっくりと上がる。世界が静止したかのように音が止まり、風が逆流した。
次の瞬間、熾焔竜は真っ二つに裂けた。
炎が弾け、光が崩壊し、ミカエルの周囲に赤い羽が雪のように舞う。
「な……ぜだ…」
ミカエルは息を荒げる。その手に握った剣レーヴァテインが砕け、膝が折れる。光が消えゆく天界中層に、静かな灰が降り注ぐ……。
─── まだ穏やかだった頃の天界。
柔らかな陽光、天の頂で二人の若き天使が立っていた。
「ミカエル、本当の世界はどこに存在するのだろうか」
若きルシフェルのその言葉に、
「世界はここにあるじゃないか」
とミカエルは小さく笑って目を閉じた。
ふたりは同じ風を受けていた。
──────
倒れたミカエルの傍で、ルシフェルは静かに剣を下ろす。燃え尽きた羽が散り、天の大地が裂けて光が溢れた。
ミカエルはもう動かなかった。
「この世界こそが偽りなのだ、ミカエル」
背を向けるルシフェル。
「……じゃあな」
微かな風が吹く。それはかつて二人が聞いた"天の風"と同じ音をしていた。羽が舞い静寂が戻る。光が揺れ羽が溶けていく。
悪魔王たちはザッザッと足音を響かせ上層へ向かう。
アグラトが後ろ手に手を組んでタナトスに話しかける。
「一瞬で終わらせちゃうなんて、さすがルシフェル様ですよね♪」
そして、ルシフェルたちは、ミカエルを倒したその勢いで上層をも突破する。スローンズの守護も、ケルビムの知も、セラフィムの炎も沈黙した。
神界は崩壊し、聖樹は根を露わにしている。
最奥のそこは、誰も足を踏み入れたことのない無音の白であった。
「来たか、ルシフェル……遅かったね」
「あとはお前一人だ、箱庭の唯一神よ」
神の声が沈む。静寂の中で、ただ一閃。剣が振るわれた瞬間、世界が裏返る。白が黒へ、光が情報へ、神の血が電子の信号に変わっていく。
箱庭の唯一神は崩壊し、虚空だけが残った。
ルシフェルは激レアアイテム『箱庭電子地図』を手に入れた。プリントアウトされた紙の地図、神のデジタル意志を人間が読める形に"変換"したもの。その地図が微かにノイズを放つ。赤と青の線が交差し文字が崩れた。
『観測者ログ、地上システムへ接続開始』
天界が歪む。空が裂け、現実世界が透けて見えた。
黄金の川に祈りの欠片として舞う。現世のニュース映像やSNS炎上が赤く映る。
「……これ、地上の……映像?」
中層にいるセーラが誰にともなく訊ねた。
「でも……どうして空に?」
マリアが眉をひそめ、祈りの欠片を指で払う。
「いや、違う。これはコードの漏れだ」
オルドが呟き、現実と箱庭の境が音もなく溶けていく。
「祈りの残滓だ! 地上の人間が願った情報が、天界に流れ込んでいる!」
ジュリアンが叫んだ。無数のホログラムが空間を舞う。
「……始まったな」
オルドが震えて笑いながら言う。
「箱庭が……自壊を始めている」
◆
『箱庭』の謎を解明するために万魔殿に戻ったルシフェル。
神の不在、悪魔が支配する世界、私はこの地上の支配には興味がない、箱庭の唯一神は手がかりをくれたが、まだ情報が足らん、残るはこの箱庭の開発者たち、地上を隅々まで探す、天が散った後も地上は存在している、陽は登り、悪魔に攻め入れられていない国や街はこれまでと変わらぬ日常、だが、天界、神界、箱庭の唯一神を消して変わった事がある、地上のあらゆるところに歪みとして現実世界の画像や映像などが現れるようになった、おそらく開発者、本当の神が少し動いた、リセットはできず、改変をした、そしてそれはデータ改変にとどまった、この電子地図は箱庭を改変した時にできる穴、歪みにチェックが入っている、それらが何を意味するのか、歪みの穴は通常すぐに消える、だが、ずっと残る歪みもある、東西南北、地図に示されたそれらの場所こそが、電脳世界の入口に繋がる、そこに私は気づいた───。
一方、オルドとジュリアンも箱庭アプリ内で変化を見つけていた。天界の一部、というより、唯一神だけを何者かが復活させたことに……。
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