滅びゆく天
数時間前。天界外郭「白亜の大回廊」
能天使や力天使など主に武力に特化した天使がわらわらいる階層に一人の黒騎士がいた。
黒騎士スルトは最初から八本脚の軍馬スレイプニルと一体化し、深紅の長い角が二本生えた本気モードで駆け、天使たちをその輝剣で片っ端から斬り捨てて行った。
「オラオラどんどん来い! どんどん!」
長い期間氷の棺内にいたスルトは、ルシフェルによって封印を強制解呪された。スルトは寒さにブルブルと震えながら、ルシフェルとハデスの前に膝をつき感謝と礼を言ったことを思い出していた。ちょうど天界に侵攻するタイミングで自分の力を必要とされたことがスルトには誇らしかった。
スルトは活き活きと天使たちを片付けていく。凄まじきスピードと剣の斬れ味、パトラ同様ハデス隊の幹部の地力は伊達ではなかった。
ルシフェル達は外郭に構える全ての天使をいとも簡単に捻り屠り、天界中層へと向かう。
「……ミカエル」
中層には下級天使群の他にルシフェルのかつての兄弟ミカエルを筆頭としたアークエンジェル四大天使が守護している。
登るとそこは白く輝く大地が緩やかに広がっていた。遠くには“天之書庫”と呼ばれる巨大な塔がそびえ、天使たちがその回廊を行き交いながら、神々の意志や宇宙の理を記録している。湖のような光の泉では、翼を浸して過去の記憶を洗い流す者もいる。そんな平穏が、足音一つで踏みにじられようとしていた。
「よくここまで来たな、堕落した兄弟よ」
ルシフェルを待ち構えていたミカエルが大仰に言った。その目には怒りと、ほんの少しの哀れみが浮かんでいた。
ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエル。四大天使が直接中層の門を封じた。彼らの力は他のアークエンジェルとは次元が違い、中でもミカエルは最強格で"中層の頂"と呼ばれている。彼は「神意を媒介する上位存在」よりも戦闘に最適化された個体である。
しかし……、今回のルシフェル達は圧倒的な強さであった。四大天使のうち三人はタナトスやベルゼブブの手にかかりウリエル、ラファエル、ガブリエルと相次いで散る。最後にミカエルだけが残り、ルシフェルと相対した。
「やってくれたな…だがルシフェル、お前だけはこの私の手で必ず葬ってやるぞ…」
ミカエルは研ぎ澄まされた神剣レーヴァテインを構えた。
« 熾焔竜 »
剣が赤く輝き炎を発してその身を包み、ミカエルは全身を巨大な竜の形となしてルシフェルへと突進した。熱風が大地を焦がし空気が歪む。
◆
その頃、セーラ達は天界の最下層に着いた。
白亜の街は見る影もなく崩れ落ち、人々と天使の遺骸、そして夥しい血痕がそこら中に散乱していた。
「酷いな」
片腕のカイがその悲惨さを嘆いた。
「……間に合わなかったか」
ジュリアンがため息混じりに呟く。
上空の外郭層、防衛線の跡地には、砕けた光輪と焦げた翼の残骸が無数に転がっていた。
ドミニオンの巨躯が、剣を握ったまま沈黙している。
ヴァーチャーズの光の槍は折れ、パワーズの盾は粉々に砕けていた。
天界はすでに"戦場"であった。セーラは血と灰の荒野になったその光景を見つめながら唇を噛んだ。
「ここを通ったのね……あのルシフェルたちが」
マリアが震える声で不安そうに確認する。
「かつて己が守ってきた場所を、ここまで……」
オルドは自らの塔に集まった地上の天使たちが、魔物どもに惨殺され血の海に沈んだ日のことを想起した。
「…あれが上に登る通路だね」
霧の向こうに天界中層へと続く階梯を見つけたパトラ。
「行こう」
セーラが力強く言った。
黄金の川は血に染まり、光の粒がゆっくりと空に昇っていく。風がそれを運び儚く散らす。
(止まってる暇なんてないわ)
セーラは心の中で繰り返した。滅びゆく天にまだ救いはあるのか……。
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