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魔窟の祈り

 コロッセオへ通じる崩れかけた回廊。

 セーラはヒュプノスと煙の残り香を背に、ゆっくりと歩を進めた。床に散る瓦礫。吹き荒れる瘴気。


「……みんな、生きていて」


 言葉は独り言のように零れ落ち、風に溶けた。

 セーラの足元を抜ける風はまるで死の囁きのようであり、その一歩は祈りにも似ていた。


 そうして辿り着いた先は臭かった。

 闇の裂け目から溢れ出る、腐敗と大便の臭気、吐き気を催すほどの悪臭がセーラを襲う。


「くっさぁ…何この臭い」

「セーラ……!」

 マリアが驚きと安堵の入り混じった声を上げる。

「みんな! マリア! カイ! パトラさん! 良かった」

 その傍らには、オルドとジュリアンが倒れ込み、息を潜めている。生きていた。皆、生き延びていた。

「でもオルド様とそのお友達さんは倒れたまま…」


「セーラ、戦況は最悪だぜ…」

 カイが千切れた片腕を押さえながら、血に濡れた唇で言った。

 裸身だったセーラは箱庭の唯一神の加護を受け、淡い光を放つ天使の装束をまとっていた。その身体を守るのは、神属性の光虫たち、土星の環のように周囲を旋回する神聖の護り。


「ルーテ、目覚めた、か」

 ハデスが声をかける。その周りにはルシフェルを始めとした悪魔の支配者たる五魔王が揃っていた。



(オルド様たちは一人も倒せずにやられたの…?)



「セーラ! 一人では無理よ!」

 マリアが叫ぶ。

 パトラは大怪我の再生に集中しながら、天魔セーラ…やっと来たか…と呟く。


「それでも、やらなきゃ」

 セーラは右手を掲げ、聖なる光を集束させる。空気が震え、矢の形を取る光の粒が生まれた。



(銀嶺より来たりて、我が敵を浄化せよ!)



« 聖神弓閃光矢(ゲオル・レイ・ボウ) »



 セーラは、パトラに焼かれた羽根を再生中のルシフェルを狙うが、超スピードで放たれた光の矢がその身に達する直前、ルシフェルは片手であっさりとそれを掴んだ。


「どうした、こんなものか」


 ルシフェルは落胆したように冷たく言い放った。

 マリアの癒手(ヒール)を受けながらその攻防を眺めるカイ。


(いいぞ、セーラ、その戦略だ、倒せなくていい、オルドさん達が戻るのを待て、距離を取って攻撃して時間を稼ぐんだ)


「まだまだっ!」

 セーラは更に神聖魔術を詠唱する。



(我がうちなる神の導きにのみ、我は従う)



« 乾坤聖爆光弾(ワイート・クルスト) »



 あらゆる時空にあまねく存在する光弾が、命中した柱などの物質を素粒子レベルで崩壊させながら、ルシフェルに向かって放たれる。

 ルシフェルは黄金のシールドを展開しつつ、その危険な光弾を軽い身のこなしで回避する。


「ルーテ! そなたには、ルシフェルは、倒せぬ!」

 ハデスが嗄れ声を目いっぱい張って語りかける。

「戻れ、我が、お付きの、女魔として」

 そんな本音を言いながら、ハデスは無詠唱の古代語魔術ハイ・エイシェントをセーラに向けて放った。



« 赤熱邪骸浸クーロ・ワイズ »



 セーラの身体をぽかぽか暖かな煙が包む。

「何これ、あったかい」

 セーラは暖まるだけで、神の加護による無効化が発動したと判断し、自身の片翼が先からゆっくりと黒く染まっていく現象に気が付かなかった。



(その煙はただの煙ではない、魔のテンションを加速させる呪術だ)



 その時。まずオルドが、続いてジュリアンの姿が掻き消えた。長いフリーズからの再転移が、ようやく完了したのだ。



「よっしゃ! これで僅かだが逆転の目が出てきた」

 カイは片腕でガッツポーズを取る。


 そして間もなく現れたのは、明るい髪に青い目の穏やかな大天使プリリエルと、赤毛を乱し鋭く光る目をした小柄な北欧神・ロキであった。


(パッとしないが…どうするつもりだろう)

 転移してきた二体をカイが不審がる。


「逃げるぞ!」

 再降臨したばかりのプリリエルとロキは共に時と空間を操る能力を持っており、二人がかりでパーティー全員を包み込める大きさの透明な球体を作る。目的はこの絶望的な戦場から仲間全員を地上へテレポートで離脱させることであった。

 仲間を包んだ結界球は万魔殿や冥界を覆う多重結界をズタボロになりながら通り抜け、地上に出た瞬間、弾けて割れた。



「助かった…のか」

 カイが呆気にとられて呟いた。マリアもカイの治癒を忘れて、緊張の糸がほぐれたように小さく息を吐いた。


「作戦を立て直す。敵の戦力は大体はわかった、今回は退くしかない」

 北欧神ロキに扮したジュリアンは悔しげに言った。

 

(あいつらは我々が逃げるのをそのまま放置した、あえて見逃したのだ、殺すに値しないと)


 プライドの高いジュリアンはその事実に強い屈辱を感じた。一方、オルドは「ふー……」と疲れ切ったように草の上へ倒れ込み、空を見上げた。




 ───静けさを取り戻した万魔殿。

 タナトスはアグラトの治療部屋を訪れる。

「戻ったぞ、今回ではなかったようだな、お前が見た死相は」

 そう淡々と話した。

「油断大敵です」

 アグラトは嬉しそうに微笑んで答えた。


 敵の侵入に完全勝利した魔王たちは、氷漬けのスルトを解呪し仲間に引き入れ、ついに天界に攻め入ったとの噂がオルドたちの耳に流れてきた。唯一神を亡き者にして天界をも支配されるのは秒読みであった。


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