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覚醒の天使

(ズズズズドゴオォォォォォンンンッッッ!!!)


 パトラの呪文によって作り出された閉鎖空間内に凝縮された核爆流を受け、ルシフェルの黄金の羽根が四方に散る。

 ルシフェルは核の直撃は退けたものの、十二枚の翼のうち六枚が焼け落ち、焦げた羽根がゆらりと宙を舞う。黒い硝煙が上昇し、徐々にルシフェルの姿を顕にする。


「クックッ…さすがはハデスの元幹部、凄まじい呪文の威力だ…まさに鬼神の如き…」

 ルシフェルは天より堕ちた燐光(りんこう)の亡霊のような不気味さで呟いた。

「まさか……あれを耐え切るなんて」

 パトラは血を吐きながら万策尽きた、という表情で床にへたりこんだ。

 カイは腐敗し失った片腕を庇い、焦燥に満ちた瞳で戦場を見渡す。手に持つ痣はもはや口を開かない。


 そこに階上の層から、再生したベルゼブブとアスタロトの二柱の魔王が、冥府の瘴気を吸い上げながら降りてくる。アスタロトが吐くアンモニア口臭が全員の鼻を突く。

 更に黒い硝煙の裂け目から、タナトスの影がゆっくりと現れた。死の神の足取りは静かで、だがその存在が空気を震わせた。


 

「………逃げるしかねぇ」

 魔の支配者五体全員と対峙したカイは絶望する。

「カイ……逃げられるの……?」

 マリアの声は掠れ、灯すヒールの光が揺れる。

「それか、オルドさんたちが……復活するまで、時間を稼ぐ……!」

 カイは震える声で言った。その表情に浮かぶのは決意ではなく、諦念の中の小さな希望。


 パトラは唇を噛み、貫かれた腹部を押さえて微かに笑う。

「そんな時間、貰えると思う……?」

 その笑みは、美しくも哀しい、終焉を覚悟した微笑であった。


 背後のジュリアンとオルドはまだ動かない。

 開発者の二人はあまりに強烈な衝撃を受けたせいで、現実への再転移が不完全のまま止まっていた。

 彼らの魂は仮死状態、箱庭システムが必死に再接続しようと頑張って働いている。二人ともパトラの魔法やジュリアンの鉾でそれを経験していた。箱庭内で死ぬと開発者であっても半分気絶したままフリーズする間があり、膨大な量のプログラム処理に時間を要するのであった。

 



 一方その頃───。


 死闘が繰り広げられているコロッセオから離れた片隅の一室。

 薄闇の中で、手枷で後ろ手に繋がれたセーラは「ふわぁ~あ」と目を開けた。


「わたしは…」

「お目覚めかい」

「あなたは…?」

 そう訊ねると同時にセーラは戦場の気配を察知した。

「!! このフロアで戦いが行なわれている。カイやマリアが…助けに行かなきゃ」

 セーラは全裸に手枷のままの自分に気づく。そしてヒュプノスに問いかける。

「…あなたは行かなくていいの!?」

「必要ないだろう。それに私は戦いを好まない」

 ……返答に困るセーラに軽い頭痛が走る。

「あれあれ、何だか心にぽっかり穴が」

 頭を振りながらセーラは話す。

「セーラ、汝の中のミシェルは深い眠りについた」

「何をしたの…」


 セーラはハデスから逃げてマリアたちに会った時のような、記憶の喪失感覚を思い出した。

 だがあの時と違うのは自分がマリア達との記憶やルーテの記憶を覚えていること、そして居なくなっても尚わかる、自分の中にいたもう一人の自分の存在、ミシェル。

 強力な力で心の奥底にて眠りを強制されていて、救い出そうとしてもどうしても引き上げられない、ミシェルは膝を抱えて座り封印され眠っている、セーラにはその眠りを覚ます方法が分からなかった。


 しかしセーラは割り切った。

 分からないならば、今はいつまでもその事に拘泥している時間はない。マリアとカイとパトラさん達の、仲間の助力に行かねば。そうセーラが決意した瞬間、ヒュプノスが声をかけた。

「我々の元で戦えセーラ、汝には悪魔の波動が残っている」

「嘘、箱庭の神様に全て消してもらったはずよ」

「消えることはないのだ。ハデス様は死なぬ、その血は時の果てまでも残る、過去未来永遠に蘇生される、消えない呪いのようなものだ」

「だからって…例え残ってるからって、わたしはわたし、悪の側にはつかない!」

「汝のその四枚の翼はいずれ黒く染まるだろう」

 ヒュプノスの声音は霧のようにセーラを包んだ。

「あぁ…汝に流れるハデス様の血はいつか完全に蘇生され、いつの日か汝は愛する天界を滅ぼす。汝の歩む先はこの世に生まれた時から既に決まっている、それがハデスの娘の"運命"だ」

 ヒュプノスの瞳が悲しげに揺れた。

「……違う! わたしは天使セーラよ! 皆を助けに行くから!」

 怒りのセーラは後ろ手に繋がれた鋼の手枷を、その腕力で軋ませ、ふんぬっと引きちぎった。その瞳に決意の光が宿る。

「待て、今行くのは、殺されに行くようなものだ」

 そう言うとヒュプノスの身体から発した濃霧が部屋全体を覆い、霧の中から、呻き声と共に無数の鎧兵が姿を現し、セーラの歩みを遮った。

「どいてっ」

 セーラは武器を持っていなかった。鎧兵に揉みくちゃにされる全裸天使セーラは四枚の翼を広げた。白銀の羽が眠りの霧を切り裂く。

「どけ──っ!!」

 聖光が弾け、鎧兵を吹き飛ばし、霧の中に裂け目が走る。


(——わたしは、行く。ミシェルが眠っていても、わたしが戦う!)


 セーラの二対四枚の翼が、柔らかい光を放った。その光は終わりを恐れぬ者の、滅びをも照らす、純白の祈りのように静かで、それでいて揺るぎない意志を宿していた。


お読みいただきありがとうございました。

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