死相
絶対零度の呪文がジュリアンを、轟雷の呪文がオルドを、ハデスによる腐蝕呪文がカイを、そして天上の魔法、光神白宴鉄槌がパトラを襲う。
消えないはずの炎を纏うサトゥルヌスことジュリアンだったが、その自信が仇となり絶対零度の呪文を真正面で受けて全身凍結されてしまう。
二刀流オルドは超弩級の落雷を頭上一点から受けて丸焦げに、カイは腐蝕呪文を躱しきれず片腕を腐らせた。
パトラもルシフェルの天上呪文にいともあっさりとシールドを突き破られ、胸部に光の鉄槌をスタンプされ軽い体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。
マリアがヒールをかける間も与えず、ルシフェルの追撃魔法が来る。ルシフェルは呪文のダウンタイムが極めて短いという特質をも持っていた。
« 黄金光聖竜 »
二体の魔神の首は呪文発動後に再封印され、ルシフェル単身による光属性の黄金竜が、オルド達全員に放射される。オルドは丸焦げの身体に追い討ちをかけられ複数の金竜に咬みつくされる。
ジュリアンは光線状の竜複数に突っ込んで来られ凍った全身を砕かれた。
カイは痣の高熱ガスで対抗するが、黄金の竜はそれすらものともせずにカイの片腕の痣ごと吹き飛ばす。
パトラは胸部を押さえ口の端からは血を流しながらシールド展開、だが魔のシールドは天の攻撃に弱く、魔法無効化率が30%まで落ちる。そのため聖竜の大量光撃を防ぎきれずドスドスと二箇所、肩と脚に大穴を空けられ食い千切られた。
「フフフハハハハ! どうした、タナトスやベルゼブブを倒した勢いは」
ルシフェルは哄笑する。
パトラがフラつきながら、無詠唱の呪文をルシフェルに向けて放つ。
« 怒空炎砲撃 »
物質化レベルまで圧縮した闇の炎球を作り出し、放たれた炎球は進路上の物体に砲弾が命中したかのような穴を穿ちつつ進む。
しかし、暗黒魔法はルシフェルの魔のシールドに阻まれ完全に弾かれる。天と魔の両属性を持つ堕天使ルシフェルはこれまでの敵とはレヴェルが違った。
ジュリアンが倒れ、オルドも丸焦げで動かない。パーティーの要であるパトラはあばら骨がいくつか折れ、肩や脚に空いた大穴を再生中で、ハァハァと息を切らしながら、やっと立っている状態であった。
(このままでは全滅する…! あの堕天使一人にオレ達五人とも)
カイは失った片腕を庇いながら圧倒的に劣勢な戦況に焦った。
(二・ゲ・ロ……)
床に落ちたカイの肘あたりの痣の口がそのような言葉を発する。カイは千切れた片腕を拾い上げた。
ジュリアンもオルドも意識を失い、現実世界に転移し直すことができない。カイもマリアのヒールだけでは戦える状態になかったが、そこにパトラだけは負傷を自己再生し、マリア(とカイ)の前に立ち、二人をなお庇う。
「パトラよ、お主は、悪魔、我らの元に、戻るのだ、スルトと、共に」
ハデスがパトラに声をかける。
「…兄の氷の棺を解呪できると?」
「ルシフェル、ならば、可能だろう」
「………」
迷うパトラ。どちらにせよ、このままでは攻撃を受けきることも、逃げることも叶わず、全員が殺されるのは時間の問題に思えた……しかし。パトラは意を決して大呪文の長い詠唱を始めた。
「させると思うか?」
ルシフェルの指の動きで黄金竜が数匹束になってパトラを襲い、その土手っ腹を貫く。
「く…ッ」
パトラは構わず詠唱を続ける。
(パーラ・フォーモー・ヴァセ・イーダー・イー・エイター・ナールヘーブン・ン・ヘイル…… 暗黒よ 闇よ 負界の混沌より爆流を呼び覚ませ…)
長い詠唱が終わりに近づき、息も絶え絶えにパトラは呪文を放つ。
« 暗黒核爆流地獄 »
魔力によってルシフェルの周りを閉鎖空間で囲み、その中の空間を異界と同時に重ね合わせることで核爆発が引き起こされる。
「ぬうううううううう!!」
ルシフェルはシールドと十二枚の黄金の翼で自身を中心にバリアを張り、魔力を一切遮断する壁を作る。
「この呪文に耐えきれるか……これが効かなければ事実上、ルシフェル様を倒す術はない…」
パトラは息を切らしながら、己の肉体の再生に集中した。
◆
その頃、重症を負ったアグラトはようやく全回復し、タナトスは胸を撫で下ろす。
マルバスに礼を言う二人。
「恐れ多い、ではこれにて」
恐縮するとマルバスは煙のように魔法陣に消えた。
「外では戦いが始まっている。アグラト、お前はここにいろ」
コロッセオでの戦闘を察したタナトス。
「嫌です、ついて行きますよ」
そう言ったアグラトは本気であったが思い直す。
「わたくしが居てはタナトス様の邪魔になりますね…」
「お前は死にかけたばかりであろう」
「分かりました、言うこと聞きます」
アグラトは聞き分け良く退いた。
「その代わり必ず生きて戻ってきてくださいね」
「無論だ」
タナトスは静かに扉へと歩を進めた。戦場に向かう彼を見送るアグラト、だが、黒き外套が揺れるタナトスの背中は妙に小さく見えて、思わず走り寄ってその背中に抱きついた。
「やっぱり行かないでください」
「……大丈夫だ、ルシフェル様一人でもう片をつけているやもしれん」
そう言ってタナトスは部屋を出た。アグラトは嫌な予感に震え、死の神のその背に宿る、死相を見た思いであった。
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