眠りの神
マルバスの魔法陣では、瀕死のアグラトの治療が行われていた。
しかし身体のあらゆる箇所が破裂した傷は深く広範囲すぎて、いかにマルバスの神秘的な治癒能力でも即座に回復とはいかなかった。
「アグラト」
タナトスは声をかけたが、アグラトの意識はなかった。
くそっ…タナトスは自分の浅はかさを悔いた。アグラトは戦闘前に覚悟を決めていたのだ、このタナトスの盾になると……。
「私のミスだ」
「大丈夫です。一命は取り留めました」
マルバスは額から流れる汗をハンカチで拭いながら治療を続ける。
「しかしアグラト様がここまでやられるとは、敵は相当な強者ですな」
「ハデス様の元幹部らしい」
「なるほど…ん? ハデス様の部隊は二名の悪魔がいたはず…もう一人は」
「ハデス様の部隊が襲った村にいた人間の魔法で、決して溶けない氷の結晶獄に封じられたようだ」
「なんと、そんな人間が存在するとは」
「人間の中には、チートブーストした輩がいる。それを可能にするアプリケーションプログラムがあるようだ」
「それは…その現象は次元を超えたもの…」
マルバスには心当たりがあるようであった。
「んん……」
アグラトが失った意識を取り戻す。
「大丈夫か、アグラト」
タナトスが声をかける。
「タナトス様、ご無事で…良かった」
「馬鹿者、何故あのようなことを、私を庇う必要など」
「ごめんなさい、お付きに守られたなんて、格好つかないですよね」
「そんな事は良いのだ、私の落ち度だ、共に居れば危険はないと言った私の」
タナトスは後悔と自責の念で謝罪をした。
「謝らないでください、わたくしが勝手にやったこと……マルバスさんも、ありがとうございます」
アグラトは自身を責めるタナトスに気を遣い、治療を続けるマルバスに礼を言う。
「いえいえ、こんな治癒能力しか能が無いもので、どうも」
マルバスは獅子の鬣をポリポリと掻き、アグラトの治療を続ける。
「敵は八層でベルゼブブとアスタロトを相手に戦っているようだ、この最下層の真上で……
あいつらが敗れるのは想像がつかんが、万が一がある、私も出陣せねば」
タナトスはアグラトが治療されている間に、自身の再生能力で損傷した漆黒の片翼を回復させていた。
「行かないで、タナトス様、傍に居てください」
アグラトがタナトスを止めたのは寂しさ心細さもあるが、行けばタナトスは重症を追う、死すら有り得ると直感したからであった。
「……」
「敵はこの最下層まで来るでしょう…でも、きっとルシフェル様の力には及ばない」
八割方、傷を回復したアグラトは声もしっかりしてきた。
「最下層コロシアムが、最終決戦の場になるかと」
「あのベルゼブブ達を降して最下層までやって来るか」
「タナトス様、加勢は八層を守るお二人にとって、プライドを傷つける事になるやもしれませぬぞ」
マルバスが口を挟む。
「そうだな……」
マルバスの魔法陣の部屋は万魔殿最下層の円形コロシアムに近い小部屋にあり、ルシフェル達はコロシアムよりだいぶ遠い大広間の更に奥、セーラが囚われている牢獄部屋に集まっていた。
ルシフェルとハデスとヒュプノスが室内で会議、依然セーラは目覚めず、ルーテもあれから出てこず、ヒュプノスはもう一度、セーラの精神の中へ入りミシェルとコンタクトを取るつもりでいたが、ルシフェルはその前にヒュプノスに確認をした。
「ミシェルの精神体をセーラの中で殺すことはできるか、ヒュプノスよ」
「精神体になっているミシェルの意識はセーラの身体のいたるところにその根を張っていますゆえ」
「寄生しているようなものか」
「どこかに姿を現したミシェルを消しても、この天使の体内の、いや脳内のあらゆる場所に、血流のようにその意識が巡っております」
ヒュプノスは続ける。
「私が彼女を目撃したのは脳の最も深い場所、何も無い純血な広い空間でしたな」
「ルーテはミシェルと会話などしてるのか」
「深い繋がりがあるはず、ルーテはミシェルを動かす鍵となり得ます」
「ミシェルは危険なのだ、人格を外に出すわけにはいかん、接触は慎重にやっていかねばならぬ、理想はセーラの中でミシェルの錯乱した精神を完全に壊すことだ、出来るか? ヒュプノス」
「お望みとあらば……」
ヒュプノスはぐっすり眠っているセーラを見て言った。
「どんなに屈強な精神力を持った知的生命体でも、眠りの無意識下では無防備なもの…」
この任務は眠りの全てを司る自分にしか出来ない特殊なものである、ヒュプノスは重責を感じながら目を閉じ集中した。
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