支配者たる精霊
オルド達は万魔殿 八層へと続く階段を慎重に降り、重厚な扉を押し開けて中に入った。フロア内は強烈な腐臭と便臭が混ざったような酷い臭いが充満しており、カブト虫サイズの大きな蝿が大量に飛び回っていた。
「うわっ」
まとわりついてくる蝿を振り払うカイ。
「いやぁぁ気持ち悪いぃぃ臭いぃぃぃ」
マリアが激しく嫌がる。
闇の奥から見えてきたのは妖艶な女の姿であった。
うふふ、と微笑みながら女が片手を上げ合図すると、蝿どもは一斉に女の周りに集まり、そして消えた、と言うより体内に入っていった、いや吸収されたと言うべきか。こんな事ができるのは、箱庭アプリで確かめなくともわかる、あの女が蝿の王ベルゼブブだ。夥しい量のカブトムシ大の蝿が全て、一人の華奢な女の体内に取り込まれていく様は、あまりに奇妙で信じ難い光景だった。
更に奥に待ち受ける悪魔の大公爵アスタロトは今回は竜に騎乗しておらず、手に毒蛇の鞭を持ち、背中には一対の白い羽根が生えていて堕天使だとわかる。顔立ちは醜悪で口から常に毒の息を撒き散らし、その息は非常に濃い便臭がした。フロア全体を包むアンモニア臭の元はこのアスタロトである。
「臭ぇよぉぉ」
泣きが入るカイ。
妖艶な女の姿をとっているベルゼブブは、自身の代名詞ともいえる 『死蠅の葬列』の術を唱えた。
即死耐性を持ったパトラの魔法の盾内でマリア(とカイ)は難を逃れ、オルドとジュリアンもそれぞれ状態異常には高い耐性を備えていた。
ベルゼブブは女の姿から本来の巨大な蝿に戻り、全ステータスを下げるデバフ効果がある反地球の術を放つ。
「こいつは私が引き受けた」
邪神サトゥルヌスことジュリアンがデバフを打ち消し前に立つ。
更に追撃するベルゼブブは『破壊の光』の全体攻撃を繰り出す。ジュリアンはポセイドンの威光でそれを相殺し、消えない炎でベルゼブブを燃やし尽くさんとする。蝿の王はブィーンと大きな羽音を立てて天井付近を飛び回り、燃え盛る炎を滑るように回避、一進一退の攻防が続く。
アスタロトは毒蛇の鞭を振り回しながら、口から毒の息と悪臭を放ち、空間そのものを爛れさせる。
「こっちは、毒か、うぅっ」
オルドが頭を押さえて呻く。その隙にアスタロトの鞭がオルドの二刀に巻き付く。瞬間オルドは鞭を切り裂いて脱出するが、「少し遅い」とアスタロトは間髪入れずに術を発動する。
« 天光輪殲破弾 »
アスタロトの両腕からオルドに向けて光弾が嵐のように連続で発射される。
「天使の術! あいつ……」
オルドは素早い動きで全ての光弾を何とか避け切る。こちらも五分の戦いが展開されていた。
パトラはマリア(とカイ)をシールドで守りながら、呪文の詠唱を始めていた。狙いは…この魔神両方ともだ。
(ステア・ルー・ファン…)
通常の爆火球以上の威力をもつ豪炎球を大量に作り出し、パトラの目の前で展開、「焼き払え」の詠唱で二人の魔神に向かって放たれる。
« 武帝龍焔煉獄 »
天井に陣取るベルゼブブと、オルドと交戦中のアスタロトにそれぞれ豪炎球が何十何百発と襲う、二体の魔神のシールドが炎の奔流にのまれ徐々に剥がれていく。
シールドが全て剥がされ生身に火傷のダメージを負った二体であったが、その損傷は瞬く間に再生されていった。
「まだまだ…楽しめそうだ」
アスタロトは強い便臭のする吐息を周囲に振り撒いてニヤリと笑った。
悪魔の支配者たる三精霊のうちの二体も相手にするのはパトラにとって初めてのことだが、守るものがあるとどこまでも魔力が溢れ、自然と余裕の笑みが浮かんだ。
「お前たちはここで私が消してやる」
パトラは自信に満ちた声で告げた。その声音は、聞いた者の心が凍りつくほど冷たく、そして鋭利であった。
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