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リセット

「タナトスの部隊が破れたと…」

 悪魔の皇帝ルシフェルは信じられないといった面持ちで肩を落とした。

「六大魔神も全滅です」

 オノケリスが冷静に報告する。

「して、敵の詳細は」

「はい、敵は五名の少数部隊ですが、邪神と女魔がおり、また人間の侍も常人ならざる強さ、もう八層に降りた頃かと」

「あそこはベルゼブブとアスタロトに守らせているが…あいつらもいい加減だからな…」

「一つ問題がありまして、鬼神の如き強さの女魔はハデス様の元部下です」

「なるほど…ハデス、どう考える」

「あやつは、もはや、我らの、敵、として、挑んでくる、であろう」

「そうか、あと何度も言うが言葉を区切るな」

「あれは、人間の、愛を、受けすぎた…フッ」

 仕方のない奴だとハデスは自嘲気味に笑った。

「流されぬ、為には、殺して、しまわなければ」

 ハデスはルーテの時のことを思い出していた。



 ヒュプノスの手による深い眠りから未だ目覚めぬセーラは、後ろ手に手枷を繋がれたまま黒革のソファの上で、う~~ん…と寝返りを打つ。


「しかし…よく寝てるな」

 ルシフェルは呆れて呟いた。

「ルーテが少し顔を出したきりで、開発者ミシェルは一向に現れずか」

「何かショックでも与えますか、お尻を叩いたり…」

 オノケリスは躾の為によく下級悪魔をスパンキングしていた。

「この天使の優しい眠りをただ見守っている我々だが…どうするか。起こすか」


「私ならば彼女の眠りの中に入って呼びかける事ができます、ご許可をいただきたく」

 ヒュプノスが進言する。

「試してみてくれ」

「では……」

 ヒュプノスは目を閉じるとその身体から幽体が分離し、眠っているセーラの体内に入っていく。




 荒涼とした寒々しい大地に一人の若い女性が立っていた。

 セーラやルーテの容姿とは違いショートヘアで瞳は黒色だった。

「…………」

 女は一点を見つめてボーッとしていた。

「汝は、誰だ?」

 ヒュプノスが声をかけると、女はハッと気づく。

「わたしは…………ミシェル」

 溜めに溜めてミシェルは名乗った。

「わたしは、この箱庭を作った…わたしのせい」

 その先の言葉は口をパクパクするだけで出てこない。

「リセット…リセットしなきゃ…」

 ミシェルはうわ言のように繰り返す。

「リセットとは?」

「うぅぅっ!!」

 突如、強い頭痛を起こしてミシェルはしゃがみ込んだ。

「大丈夫か、私が出口を案内しよう、いつまでも一人で篭っていても始まらないだろう」

「この身を投じて、リセットしなければ……」

 頭痛に耐えながら、ひたすらリセットという単語を繰り返すミシェル。

 ヒュプノスはミシェルへの問い掛けを中断せざるを得なかった。

「また来るよ」

 片手をあげてそう言いながら、ヒュプノスはセーラの身体から引き上げた。うわ言を続けるミシェルは去っていくヒュプノスのほうを全く見なかった。ヒュプノスの幽体が己の肉体へと戻る。



「どうか」

 ルシフェルが訊ねる。

「ミシェルの精神は非常に不安定ですな」

「何か言葉を交わしたか」

「ほとんど会話にはなりませんでしたが、確かにミシェルと名乗り、リセットしなければならないと強迫的にうわ言のように繰り返していましたな」

「リセット?」

 オノケリスが不審がる。

「恐らくこの箱庭世界をリセットする、全ての存在を消してゼロに戻す、という意味だろう」

 ルシフェルはそう推測した。


(私の目的は、野望は、この箱庭の天界までも支配し、そして最終的には世界の外の次元へと侵出することだ、消えるわけには、無に帰すわけにはいかぬ……)



「消す……全てを、そんなことが」

 あまりにも唐突な事態に戸惑うオノケリス。

「開発者ミシェルはセーラの中に封じこめたまま、それが叶わぬなら何としても消さねばならぬ」

 ルシフェルはあれこれ思考を巡らせながら強気でそう言った。


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