封印
パトラは永い召喚魔術の詠唱を終えようとしていた。
魔道開門、混沌の門が開き、瘴気が流れ込んでくる。
(バー・ラモン・ステア・ルー)
(混沌の門より 来たれ 闇の皇龍)
「まさか…こんな巨大な龍は見たことがない…、制御できるのか!?」
門より出現した闇の龍の圧倒的なスケールにジュリアンが恐れ戦く。
(我に暗き炎 四頭皇龍の力 与え給え…!)
«皇龍咆哮»
「ギャアアあぁァ…ァ…ぁァ……ァ…」
超巨大な高次存在の闇の龍王である皇龍が召喚され、その四つ首から放たれる吐息によって、魔神三体は大轟音と共に塵も残さず消滅した。ブレスはそのまま部屋の壁を貫通し、遥か彼方へ飛び去った……。
「ふぅ……さすがにちょっと疲れた」
パトラはそう言いながら床に座り込んだ。
しかしこれでパトラが六大悪魔よりも実力は遥かに上、ルシフェルやハデス並の力を持つことがハッキリした。ジュリアンは眉間に皺を寄せ、やはり危険な力だな…と呟いた。
「まだもう三体の気配を感じる」
パトラが言うと、出番待ちしていた魔神三体はオロオロ、お前が先に行けいやお主が、などと擦り付け合い出す。パトラの召喚魔法に臆したか、戦闘向きでないのか、気配は一向にこちらに向かってこなかった。
サトゥルヌスことジュリアンが気配のする暗闇にむけて、ポセイドンの威光を放つと慌てて逃げる影が三つ見えた。
ジュリアンたちはこれからの上位悪魔との熾烈極まるであろう闘いに向けて、体力や魔力を癒す為にひとまず地上へ戻ることにした。
一方セーラが囚われている最下層。
手枷は繋がれたままだったが、吊るされた状態から後ろ手に変わり、足元には二人掛け黒革ソファが用意され、座ると腰や背中そして吊るされていた腕が大分楽になった。
また、ヒュプノスによって更に深い眠りに誘導してもらい、セーラは幸せな夢を見ていた。嬉しそうな笑顔に、何事か聞き取れない寝言。横向きで眠っているため口の端からは涎が垂れている。
しばらくすると、セーラは熟睡したまま仰向けに寝返り、別の天使の幽体がセーラの身体にぼんやり重なって見えた。
暗室の端の肘掛け椅子に座っていたルシフェルはそれを見逃さなかった。ガタッと音を立て椅子から立ち上がる。
「まさか、いや…やはり、私には見える、あなたは箱庭の開発者の一人か?」
幽体離脱した天使ルーテは上半身だけ起き上がると穏やかに微笑み、自分の胸に手を当てて語った。
「ミシェルはわたしの中にずっといるわ…」
「なに、どういうことだ」
「彼女に用があるの…?」
「開発者に聞きたいことがある」
ルシフェルは礼を尽くして片膝をついた。
「開発者が自害するには、特別な暗号がいるはずだが、それは本人の意思によって行わなければ効果はないな?」
「悪魔の皇帝 堕天使ルシフェル…貴方はこの世界を作った者たちを全て滅ぼしたいのね」
「その通りだ、ルーテ、いやミシェルか、そなたは暗号を知っているな」
「強制的にやらせても駄目。それに、わたしはルーテでありセーラ。ミシェルじゃないわ…」
「ミシェルの人格は消滅したのか、もう一人の開発者のように。自害したのか」
「少し違うわね、…ミシェルは自ら心を封印した」
「どうすればその封印は解ける?」
「分からない、解けるかどうかすら」
「私はどんな手段を用いても開発者ミシェルの人格を抹消する」
「それで一体どうするのかしら…」
「やりたいことは山ほどあるが」
ルシフェルは溜めてから、きっぱり答えた。
「私はいずれ侵出するであろう、傲慢な開発者どもが住む世界へ」
自信満々にそう言い放ったルシフェルだが、それは物語の登場人物が本の中から出てくるような途方もない、思わず笑ってしまうような荒唐無稽な夢だった、しかし、通常、物語の人物が次元の違う読み手の存在を認識することはない、AIの進化によって感情豊かに自然な生活を実現している箱庭のNPCも同じで、本来開発者や書き手がそう設定しない限り、キャラクターが自発的に読み手の存在や世界を認識するなど決して……そこでルーテは気づいた。
あの男なら。でも、そう設定したからと言ってAIが自我を持って世界を渡るなどということがあり得るとはとても思えないけれど……本当にそうだろうか?……
「少し休むわね…」
「待て、ルーテ」
引き止めるルシフェルを尻目にルーテの幽体は静かにセーラの身体に戻っていった。
お読みいただきありがとうございました。
↓↓ブクマ、星評価ぜひお願いします。励みになります




