世界の核心
───万魔殿 最下層。
デスク上のLEDライトが強く光る暗室、悪魔に囚われたセーラは、全裸のまま両腕を鎖に繋がれた状態で吊るされていた。手枷は重く冷たい鉄製であったが、部屋は空調が効いていて裸でも寒くはなかった。
牢獄の中に在っても光り輝いているセーラの前に、恐る恐る眩しそうに顔を見せるハデス。
「ルーテ、久しいな、我はお前と、戦いたくは、ない」
「……わたし過去に貴方をぐちゃぐちゃにしたけど」
「良いのだ、全て、許そう、お互い、様だ」
「わたしをどうする気なの?」
「冥界は、お前の、生まれ故郷だ、戻ってこい、ルーテよ…」
「わたしには仲間がいる」
「仲間とは開発者のことかな?」
ルシフェルが割って入る。セーラは答えない。
ルシフェルの目的は三つの人格が混在するセーラの中の、開発者ミシェルの記憶を引き出すことにあった。
開発者は箱庭内で自分を消去する方法を持つ。何故そんな致命的弱点とも言える穴を作ったか? 何らかの理由で箱庭から出られなくなった際に、永遠の輪廻から逃れるためと考えられる、開発者の一人はそれによって箱庭からだけでなく現世でも存在が消去された、本人の意思によって……。
その方法や暗号をミシェルから聞き出すには、そもそも眠っているミシェルの人格を引っ張り出さなければならない。それにはハデスを生み出した開発者が直接語りかけるのが一番効果的だと思えるが、ライナスは神出鬼没で居場所が特定できない、ここに攻め込んでいるあと二人の開発者を捉えても、現段階では難なく現世に回避されてしまうだろう。
つまり今はこのセーラしか可能性がない。セーラの中に住むルーテやミシェルを起こす事は、自ら手をかけた天使ルーテとの邂逅という、ハデスの悲願でもあった。
主人格のセーラを深く眠らせれば、封じられている人格が現れると考えたが、話はそこまで単純ではないらしい。
ライナスにもっとも近いハデスと対話させる事で糸口を探っていくしかないが、彼女の精神がどこまで耐えられるか。
「セーラ、お前を生み出した人間が誰だか分かるか」
セーラは目を閉じて首を振る。
「お前は冥界の神ハデスと天使ルーテから分化、いやルーテの転生した存在そのもの、ルーテは意図を持って作り出された天使だ、ハデスを懐柔しようと考えた人物によって……」
「あなたが何を言ってるのか、よく分からない…わたしは……」
「お前を作り上げた存在に、少々聞きたいことがあるのだ」
「わたしを、作った……」
ルシフェルの言葉に混乱するセーラ。この世界の核心に近づけば、どんな豪胆な者であろうとも正気を保ってはいられない、……ルシフェルは一息ついた。
「少し休憩だ、ヒュプノスを呼べ」
◆
「ヒュプノス様、お帰りなさいませ」
艶やかで肉感的な女魔マグナが、最下層に戻ったヒュプノスを出迎える。
「敵はこの円環闘技場までやってくるでしょうか」
「不安かな? マグナ」
「わたくしは大丈夫です」
マグナの露出した滑らかな肩に、ぽんと片手を置くヒュプノス。
「私と居れば安全だよ」
「はい、ヒュプノス様」
「ヒュプノス様、セーラという天使を捉えている牢に来るようルシフェル様からの伝令です」
下級夜魔インプが言付けを伝える。
「お呼びか、わかった」
ヒュプノスはゆったりとスマートな身のこなしで、ふわっと優雅に飛んで牢に向かう。
マグナはそれを笑顔で見送ると、真顔になり、考え込んだ。セーラという天使の、いや天界のこと、マグナは堕天使であり、元は座天使であった。天界にも登る階層がいくつもあり、マグナは唯一神に会ったことがなかった。堕天して思うが、当たり前かもしれないが、冥界より天界のほうがずっと厳格な規律に従わされ、自由がなかった。マグナはそんな過去の日々を思い出して感傷に浸っていた。
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