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人為的エラー

 高価そうな抽象画の油絵や二対のシーサーが迎えてくれる小洒落た玄関を上がり、ソロは二階にあるジュリアンの自室へと通された。


「あの時はすまなかったな」

 階段を登る途中で、ジュリアンは謝罪した。

「あそこまですれば、きっと君はこちらに引き上げると思ったんだ」


 部屋は白と黒を基調にしたごく平凡な作りで、豪華な家具や壁紙などの飾り気は一切なく、だだっ広い空間にベッドとデスクとアクリルケースがあるだけの殺風景なものであった。


「相変わらず何もない部屋だなー」


 ジュリアン本人は自身をミニマリストと語り、アクリルケースには謎の宇宙生物シリーズというフィギュアがたくさん並べてあった。近くのゲームセンターのクレーンゲームで集めていると言う。



 回転するオフィスチェアにジュリアンが腰掛け、ソロはカーペットに座布団もなくそのまま座った。


「懐かしいな、大学時代を思い出す」

 椅子でゆっくり回りながらジュリアンが言う。

「ダニーが死んだ事を知ったよ、私は彼を尊敬していたからとても残念だ」

「それで泣いてたのね」

「いやいや。あれは君に会えて感動したからだよ」

「恨んでるんじゃなかったか? 箱庭の運営から逃げた私を」

「状況が変わった、君とセーラの事はひとまず保留だ」

 ジュリアンが椅子で回る速度が速まる。


「ジュリアン、今後の箱庭のこと何か考えてるか」

 機を見てソロが切り出す。

「どうやってもアプリの不具合は修正できない、もはや解体して一から作り直さないと……」

 ジュリアンが低いトーンで答える。

万魔殿(パンデモニウム)のことは、気づいてるよな」

「流れを見るに悪魔の一括追加は、自然に沸いたというよりもこちら側の誰かの仕業だろう。その誰かはバグの影響が少なく、私たちのような制限もなく、自由に、いや正常に多くの機能を使えているようだ。更に他からアクセスできないよう何らかのプロテクトをかけている」

「プロテクト…人為的なエラーだったのか」

「それしか説明がつかない、そして、それを解く方法がどうしても見つからないんだ」

 ジュリアンは回るのをやめて嘆息した。

「言っておくがワシではないぞ」

「私や君の仕業でないとしたら、残るはライナスとミシェル、或いは彼らから権限を与えられた第三者…」

「ライナス、そもそもあいつは生きてるのかね」

「コンタクトを取る方法がないのだから、考えてもどうしようもない、つまり私たちができることは……」

「箱庭内で全ての悪魔を消すか。だがこの数だぞ」

 うんざりした顔でソロが言った。

「高ステータスな中立キャラクターはまだまだ在野にいる、転移してヒットアンドアウェイで狩っていくしかな…」



(ジュリちゃん~~)


「ママだ、お茶を持ってくるよ」

 ジュリアンは話を中断し急いで一階に降りていった。

「ママて……」



 それから二人は駅前のゲームセンターに行った。

 現世の日常がソロには新鮮で、箱庭界は自分たちにとって、本当に架空の世界である事をあらためて思い知る。このままアプリを放置しておく事もできるのだ。

 しかしソロは義務感やら悔しさやら名残惜しさが入り交じって、出来るだけのことはやる気になっていた。


「ソロよ、決めてくれ。箱庭を作った我々の責任と使命として、ライナスや悪魔の群れと戦うか、このまま流れに任せて日常を過ごすか」

「戻って戦うさ、死んだダニーのためにも」

「そうか。では私もそうしよう」

 夕闇の中、長く伸びた二人の影は堅く握手を交わした。

(やばくなったらすぐ逃げるけどな……)

 ソロは小声で言った。

 しっかり聞こえたジュリアンは、アスファルトの地面を見つめて、わかっているよ…と苦笑いした。


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