箱庭の唯一神
万神殿を中心に、ローマ時代の神殿や建造物が並び立つ大地、チュンチュンと鳴く鳥の声の中、ローブを纏った若者が草原を歩いている。
「やあ、箱庭の神さま」
箱庭の神と呼ばれた人物は天を仰いで立ち止まる。その肩に鮮やかな羽色の蝶が止まった。
「ライナスか」
ふわふわと羽根を閉じ開きしている蝶に話しかける。
「ハデスは復活したかい」
「今回はちと時間がかかりそうだが、手はいくらでも打てるさ」
「出来ることなら、ここで君を殺しておきたい」
「なら、やってみたらいい」
煌びやかな蝶は鱗粉を撒きながら箱庭神の周りを飛び回った。
「地上の事で、お気に入りの天使の加護でお忙しいか」
ライナスの言葉に目を閉じる箱庭の神。
「話せて良かったよ、箱庭の唯一神」
そう言って蝶は飛び去る。
「私もだよ、ライナス」
見送る箱庭の神。それは単なるNPCの言動ではなかった。
◆
アプリ内にあるバグったカイのデータに三人の生体エネルギーが流れていく。しかし、カイは回復どころかドロドロと溶解が止まらない。
「駄目か」
「直接、繋いでみたらどうかしら!?」
「いや、それは仕組み上できないのだ……」
カイは半分以上閉じた瞼で揉めているオルドたちを眺め、途切れかかっている意識の中で幼き日々を思い出していた。
夜明け前、マリアとアレフと一緒に高原へ出発して、熱病に効く薬草を取りに行った、朝焼けの眩しさと澄んだ匂い。
(もう一人、いるんだ、倒さなくちゃいけない奴が)
伝えたい言葉が、共通語が出てこないもどかしさ…。
最初この場にもいた、モブキャラになって、オルドさんも気づかない巧妙な、だがオレには分かった。
「どーしたらいいの、カイが死んじゃう」
「もう手は、ない……」
声が全く出なくなり、カイは伝えることを諦めた。
完全に溶け落ちて液状に、カイの身体を型どった灰色の液体が地面を流れる。
「あぁ……カイが…カイが」
マリアが口に両手を当てて声を押し殺す。
「溶けて消えちゃったよ…涙」
「オルド様! カイはどうなった!?」
セーラがアプリでの確認をオルドに求める。
「どこに、どこに行ったのカイは!」
「生物が死して、まず行くところは……」
カイの魂は透明な幽体となり、元の若々しい体で、箱庭神の住む次元の地にいた。
「頑張ったね……カイ」
「あ、あなたは」
「Ἐγώ εἰµι ὁ ὤν (私は在るものである)」
カイが聞いた事のない言語であった。
「私は箱庭の唯一神。君の身体は消滅した、再生を望むかい?」
「も、もちろんっ」
嬉々としてカイは答える。
「どんな? 元の人間、他種族、獣人とか、それとも悪魔?」
「それは……」
カイはじっくりと思案した。
「大きな力を持った存在に、セーラのように」
「力を持つもの……そうだねぇ…そういうのは素質がないとね」
「じゃ元の人間がいいです、マリアを安心させたい、そのまま蘇生するだけでも特別なんでしょう?」
「謙虚だね、カイ、その通りだよ」
箱庭の神は両手で囲んだ光を一気に大きく広げて、カイの身体を覆っていく。そこには蝶の鱗粉が舞っていた。
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