もう一人、いる
ポセイドンの三叉の矛により、肩のあたりから真っ二つに引き裂かれたカイの身体は、粘膜状に分裂して瞬時に二人の人間へと再構成されていった。そして薄笑いを浮かべたまま、二人がかりでジュリアンの顔の両サイドに手を翳した。
「な、何だと」
呟いた直後、ジュリアンの顔面は両側から巨大な氷柱に押し潰され、バチィィンと大きな音を立てて頭蓋骨もろとも破裂した。
(…… shit! またかよ、クソッたれ!)
心の中で口惜しげに毒づきながら、海神ジュリアンは膝から崩れ落ち、仰向けになって倒れた。
そして、バグカイの進行先はセーラへと向かう。
「まさかセーラにまで、矛先を」
「カイ、なぜ? セーラを覚えてないの?」
二人は狼狽する。
「……バグだからだ」
オルドは気もそぞろに語った。
「セーラまでも悪と判断したか」
二人になったカイは、再び景色のブレを起こしたり、空間に亀裂が入ったりしながら、ゆっくりとセーラに歩み近づく。足取りはおぼつかず、辿り着く直前で二人とも地面に倒れ込んだ。
二人のカイは随分と萎んだ姿でセーラを見上げる。
(カイは脳の果肉が腐る病に……しかし残された生体エネルギーも残り少ないだろう)
オルドは内心ハラハラしていた。
「∂ф『※Й※ё??」
「مع السلامة……」
二人のカイは別々の言葉を発してセーラに会話を求めた。内容はセーラにもマリアにも、そしてオルドにも判別はできなかった。
「なに? なんて言ってるの? カイ!」
「↑Θ≈✆∢∡❂❂❂㌧」
「カイ……」
バグにより理性を失いつつあるカイAだったが、心は晴れやかであった。まるで野鳥の群れが隊列を組んで一斉に飛び立つ様を眺めるように。
ニコニコと笑いながら、再生した傷口が少し傷んだ。
「إلى اللقاء قريبًا ;;;₰」
悠然としたカイAに対して、取り乱し泣きながら何事かを訴えるカイB。口を開けすぎたため、顎の肉がドロリと落ちてしまう。
終わりが見えてくると、早々に諦めたり、寂しかったり焦ったりして分からなくなるものだ、とカイBは思った。
「カイの身体が、魂が、崩壊していく、しかし心はセーラを覚えていたようだ」
「何とかならないの!? オルド様」
マリアが泣きながら訊ねる。
「生体エネルギーを再び注入して、バグが修正されるかどうか…」
『箱庭アプリと専用マウス』
オルドはどこに持っていたのか、衣服からノートパソコンの一式を取り出した。
「一度アプリに送った生体エネルギーを再び抽出する事はできない、が、今この場には三人いる……、時間が無いな」
そう言うと、オルドは呪文を唱えた。
「開け、天の聖櫃!」
三人の腕に発光するUSB端子口が出現した。
(さあ、ここからは貴様の思惑とは違うはずだ)
「わたし達のエネルギーをカイに送るのね!?」
突如、出現した光る端子口を見てセーラはすぐに察する。
「そうでち、かなり疲労するぞ、覚悟はいいか」
「そんな事でいいなら、いくらだって!!」
マリアは指で涙を拭き取りながら、強い決意を込めて応えた。
二人のカイは這ってその様子を眺めながら、小さく声を発していた。
最期に何かを伝えようとして。
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