冥府の神
セーラは街の惨状を見渡した。
「これは……あなたがやったの?」
あちこちの建物から硝煙や粉塵が立ち昇り、血塗れで倒れている人々の山。
「この街は悪魔どもに占拠されていた、私がそいつらを退治したのだよ」
セーラは警戒して答えない。ジュリアンの目が殺気に満ちていたからだ。
「そして退治しなければならないエラーがまた一人」
ジュリアンは神器の鉾を構えた。
「その武器は、アレフの時の!」
天使のフル装備を纏ったセーラは肩に鉞を担いだ。
彼女の周りには銀河に流れる星雲のごとく何匹もの光虫が集って飛んでいる。
その時、地獄の底から響き渡るような低い呻き声と、気も狂わんばかりの金切り声が重なって同時に聞こえた。
(我は、不滅、なり……)
「何っ!? この薄気味悪い声!」
セーラは思わず耳を塞いだ。
カイとマリアを置いてきて良かった。常人ならば耳にするだけで生気を吸い取られる。
声の主はポセイドンの威光によって退化させられ、胴体を引き裂かれた混沌の魔導師であった。
その肉体は崩壊と同時に、直ちに再生を始めていた。
顔半分と全身を再生しながら、フラフラと立ち上がる魔導師、そして他の特級悪魔二人も……。
ジュリアンは僅かな感情の乱れから、額に一筋の汗を流した。
「死神め……」
セーラの手によってその魂を消滅させたはずの老いた魔導師は、転生ではなく再生をして蘇ったのだ。
彼奴の設定は、死の国を統治する冥府の神ハデス、超再生は考えられない事では無かった。
「しかし……こんな短時間で…」
混沌の魔導師……初めはライナスがボスイベントとして操作していたが、度重なる改造の先で自我を持ち、修正不可のバグとしてそのまま放置された。
結果、このキャラクターは箱庭世界における冥界の王として、悪魔どもを率いるようになっていった。
幾度もシミュレーションを繰り返して造られる箱庭、その輪廻に内側から気づく存在は極めて稀だが、この、世界の遺物のようなバグに拠るならば、或いは……。
「冥界の王よ…! 貴様はこの私が滅してやるぞ、何度でもな!」
ジュリアンは落ち着きを取り戻すように怒声を発した。
そして、第2ラウンドが始まる。
(気の遠くなるほど、数多の生と死を繰り返してきた……我はこの無限の連鎖をまさに呪いと呼ぶ。
この呪われし魂を浄化するため、あらゆる手段を講じ、太古の昔から深淵の神とも、厄災の魔神とも呼ばれてきた。
だが忘れていた彼の者が我につけた名前を思い出した。
──我が名はハデス、死国の統治者、冥府の神なり。
そうした役回りを運命付けられた存在である……)
スルトの剣技やパトラの呪文はジュリアンに通らず、ハデスの暗黒魔法と海皇の聖なる光がせめぎ合う。
セーラは助力を迷って、戦いの行方をただ歯痒く眺めながら、自らの出生について思いを巡らせていた。
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