箱庭を愛した男
「ふぅ…何とか終わったね」
セーラ達は地獄の餓鬼どもの処理を終え、木陰で麦茶を飲んで休んでいた。
「ドワーフのおっさん凄かったなぁ」
特殊な浄化術で四人の中で一番たくさんの餓鬼を地獄へ送り返したのは、セーラに声をかけたドワーフの男であった。
彼は決められた役割と行動を終えると、口調も態度もがらりと変わり、自らをダニーと名乗った。
自分は箱庭の開発初期メンバーの一人であり、39歳で音楽教師をしているという。
カイは箱庭の操作方法をここぞとばかりにダニーに問い詰めたが、
「リセットやアップロードという基本操作が出来なくなるという致命的なエラーを吐いた前例はこれまでになく、全く原因不明で我々開発者にも出来ることは少ない。修復出来ない以上、プレイヤーが箱庭システムを使ってやれることはさらに殆ど何もない。バグを利用したプレイやデータの閲覧ぐらいか」
と何とも残念な回答であった。
「今回は久しぶりにジュリアンから箱庭の異常事態の知らせを聞いて来た。なるほど確かに異常だ、ソフトがここまで壊れたのは初めての事態だろう」
ダニーはアメリカ人がよくやるようなオーバーアクションで天を仰いだ。
「他の二人はレポートを見てもいないかもしれない。ちゃんと読んだのは、招集に集まるのは、いつもボクとジュリアンだけだ。あと、たまにソロ。」
箱庭内では時間の流れが速く、何度も違った人生を試すことができる。
しかし権限を持った者の中に逸脱した行動や悪用をする存在がいると、これはもう何が正しいか間違いなのかも曖昧となり、混乱だけが支配する世界となる。
「ジュリアンはいい奴だったが変わってしまった」
「ソロは自己中心的な男で、壊れた箱庭が起こすバグで何か企んでいると聞いた」
「ライナスはこの世でもっとも残酷で悪質な悪戯をする犯罪者だ」
「それともう一人、箱庭の良心と呼ぶべき人がいた。ミシェルという女性だが、ライナスの操り人形のように彼に言われるがまま作業をし、ルーテという天使の担当を最後に今は消息不明だ。生きているか死んでいるか、ライナスとどんな関係だったのかも謎のまま…どうでもいい事だが」
ダニーはこの箱庭世界で何度も色んなキャラクターに転移していたらしい。
ジュリアンにもそういう時期があったそうだ。
通常、箱庭内で命を落とせばすぐに別のキャラクターへと転生する。
オルドのように複製した同じキャラクターを依代として使用する事もできる。
だが……開発者には特別なプログラムのコードが用意されていた。
「昔話を聞いてくれてありがとう。ボクはこの箱庭を愛していた。
この世界にまだ陽の光が差し、平和な生活が曲がりなりにも機能しているうちに、ここで終えたいと思う」
「えっ、どういう意味ですか?」
マリアがそう訊くやドワーフ然としたダニーの肉体は、オルドがジュリアンにされたように煙を立てて少しずつ消滅し出した。
「まさか…消えちまう」
「さようなら、箱庭の救世主たち」
ダニーの身体は完全に消失した。
カイは念の為アプリを確認したが、オルドのように彼の名前を見つける事は出来なかった。
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