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64話 収束

 ジャハトを下した俺たちは、洞窟にあった融合魔術師たちの精神を抱えて王都へと帰ってきた。

 王都をしばらく走ったところで、エルディンがくるりと俺の方を振り返る。


「こっちは上手くやっておくから、そっちは頼んだよ」

「ああ、わかってる」


 エルディンが道を曲がり、俺は直進する。

 一瞬で見えなくなったエルディンの向かう先はギルドだ。エルディンはジャハトのことをギルドや国に伝える役目を担ってくれた。俺がそんな重鎮たちの前で説明できるとは思えないし、ありがたい。

 それになにより、俺にはまだやることが残っているしな。


「待ってろよ、セレナ……!」


 抱えた精神たちを落とさないよう気をつけながら足を速める。

 向かう先はセレナが運び込まれた病院だ。




 病室に辿り着くと、イルヴィラが素早くこちらに振りむく。


「レナルド! そんな汚れてどうしたの!?」

「ジャハトを倒してきた」

「……え? ちょ、ちょっと待って、どういうこと?」

「話は後にさせてくれ」


 ベッドの上で困惑した表情を浮かべるイルヴィラに説明を施したい気持ちはあるが、今はそれよりも先にセレナの精神と肉体を再び繋ぎ合わせたい。


 両腕から溢れんばかりの融合魔術師の精神の塊を空ベッドの上に置く。

 集中すれば、その中のどれが誰の精神なのかはすぐにわかった。同じ人間ということもあって、魔物の魔石以上に見分けは簡単だ。

 セレナの精神を拾い上げ、ベッドの上のセレナに近づく。

 セレナは呆けた表情で、俺の接近をさっぱり認識していないようだった。

 焦点の定まっていないその瞳を見て決意を新たにする。

 待ってろよ、今治してやるからな。


「融合魔術を始める。集中したいから皆黙っていてほしい」


 人の精神と肉体を繋ぎ合わせる。一世一代の融合魔術だ。

 可能な限り気が散りそうな要素は排除しておきたい。

 口元に手を抑えながらコクコクと頷いてくれるエウラリアとイルヴィラ。


「……よし」


 そして、俺は融合魔術を行使した。


 今回の融合魔術は今までのそれとは一線を画す。

 融合するのは魔石ではなく人の精神、素材は物ではなく人の肉体。

 失敗すればどうなるか……想像したくはないが、嫌でも思い浮かんでしまう。


 だからこそ。

 俺は、今まで通りに融合魔術を行使する。

 ――イメージだ。

 セレナの精神を一つの魔石だとイメージしろ。

 素材がセレナの肉体、魔石がセレナの精神。

 破壊魔術によって壊された繋がりを取り戻す……!


 融合魔術を使う度に数限りなくやってきた精神空間。

 いつもは一人だったが、今回は違う。


「師匠」


 赤い髪の少女――セレナが傍らにいる。

 この特殊な空間ではセレナの精神が人の形を伴えるようだった。

 一人を心細いと感じたことはなかったが、自分以外の人間がこの場所にいることに心強さを感じる。

 目線の先には横たわるセレナの肉体。心臓部分にはぽっかりと穴が開いていた。そこからは無造作に糸のようなものがほつれて飛び出している。


「セレナ、お前を元の身体に戻す」


 俺はセレナの精神を引き連れその肉体の元へと向かった。

 精神を肉体に戻し入れ、ほつれた糸を丁寧に繋ぎ合わせる。これが肉体と精神の繋がりなのだろう。むりやり引きちぎられたその繋がりを修復してゆく。

 そしてとうとう、最後の一本。


「帰ってこい……っ!」


 それを繋ぎ合わせた途端、ずずず、と勢いよく動いた感覚がして俺の意識は現実世界に引き戻される。

 ちょうど俺の手の中のセレナの精神が、身体に押し込まれてゆくところだった。

 軽くなった掌をギュッと握る。


「……どうだ!?」


 全員の視線が注がれる中、セレナはゆっくりと瞼を開いた。


「……んん。……あれ、師匠、お姉ちゃん……?」

「セレナぁ――っ!」


 自分の怪我の具合も忘れて飛び付こうとするイルヴィラ。

 バランスを崩して危うくベットから落ちかけたところを俺が支える。

 気持ちはわかる。気持ちは大いにわかるが自分の怪我を忘れないでくれ。


 セレナはそんな俺たちを尻目に、夢見心地のような顔でぺたぺたと自分の身体を触る。


「あ、身体、ある……。そっか、わたし戻れたんだ……」

「身体に違和感を覚えたりはしないか? 記憶はあるか?」


 本来ならば俺が触って確認したいところだが、一刻を争う状況ならいざ知れず、今は意識もはっきりとしている。

 弟子とはいえ年頃の少女の身体を触る訳にもいかず、伸ばしたままの手が行く先もなく、固まる。

 そんな俺を見てセレナはクスリと笑い、ベッドから立ち上がって軽く身体を動かしてみせた。


「……うんっ。身体は大丈夫みたいですし、記憶もバッチリです」

「そうか、よかった」

「精神だけにされた後の記憶も、断片的にですけどあります。師匠とエルディンさんが助けてくれたのも覚えてますよ。ありがとうございました」


 頭を下げるセレナに俺はホッと一息つく。

 横を見れば、体勢を立て直したイルヴィラも同じように安堵の息を吐いていた。


「セレナ! 良かった……! 本当に、本当に……!」

「お姉ちゃん、わたしを守るために戦ってくれてありがとう」

「ううん。セレナのこと守ってあげられなくてごめんね」


 ベッドから腕を伸ばして手をとりあうセレナとイルヴィラ。

 二人とも瞳には涙が浮かんでいる。


「悪いな。姉妹水入らずにさせてやりたいのは山々なんだが、セレナにも手伝ってほしいことがあるんだ」


 そのまま感傷に浸らせてあげたくもあるが、そうも言っていられない。

 俺の方を向くセレナに俺は告げる。


「まだ他の融合魔術師の精神を肉体に戻す作業が残ってる。精神と肉体が長時間離れていると、そのうち拒絶反応がでるようになるかもしれないからな。そうならないうちに早めに元の身体に戻してやりたいんだ。……病み上がりで大変だと思うが、いいか?」

「師匠の頼みならもちろんですよ!」

「助かる」


 そして他の融合魔術師の精神を抱える俺とセレナ。

 病室のドアを開けようとしたところで、後ろからイルヴィラの声がかかった。


「あたしも同行するわ。いいでしょ?」

「ああ、構わないには構わないが……怪我は大丈夫なのか?」


 さっきだってベッドの上でバランスを崩したばかりだろうに。

 まだ外を歩けるような段階にはとても思えないが……。


「気合で治したわ!」


 いやいやいや、あり得ないだろ。


「な、何よその目! 本当なんだからね!」


 よろよろと歩き始めるイルヴィラ。

 しかしそれも数歩が限界だった。


「……あたっ!?」


 よろめいたところを支えてやる。

 半目を向ける俺に、イルヴィラは何とも言えない顔で「うぅ……」とうめくばかりだ。


「はいはい、イルヴィラはボクとお留守番してようねー」


 ひゅるるる、とエウラリアがイルヴィラの肩に移る。

 どうやら一緒に留守番することにしたらしい。

 まあエウラリアの仕事は今は特にないしな。イルヴィラが無茶しないように見張っておいてくれた方がありがたいか。


「お姉ちゃん、ちょっとだけ待ってて。わたしはいなくなったりしないから。ね?」

「……絶対?」

「うん、絶対」

「……わかった」


 セレナに説得され、イルヴィラは渋々頷く。

 ……なんというか。


「どっちが姉だかわからんな……」

「う、うるさいわよレナルド! 仕方ないでしょ、心配なんだから!」


 赤面しながら犬のように吠える。

 そんなイルヴィラの頭をエウラリアが撫でた。


「よちよちだよイルヴィラ~」

「……エウラリア、あんたあたしを子ども扱いしてない?」

「チッチッチッ、これは子供扱いじゃないよ。赤ん坊扱い」

「なおさら嫌なんだけど!?」


 ……この調子なら、エウラリアに任せておけばイルヴィラは大丈夫そうだな。

 エウラリアが「ここは任せて」とでも言いたげにバチンと大げさなウィンクをしてきたので、俺も「任せたぞ」という意味を込めてウィンクを返しておく。


「……ぷ……っ!」


 途端にエウラリアが笑みを堪える顔になった。どうやら俺のウィンクは見られたものじゃなかったようだ。余計なお世話だぞ。


「よし、じゃあ行くか」

「はい、行きましょう師匠」

「あっ、セレナ! ちゃんと帰って来るのよ! 絶対だからね! お姉ちゃんとの約束!」

「もう、お姉ちゃんは心配性だなぁ」


 セレナは苦笑しながら病室を出る。

 少し瞳が潤んでいるのは見て見ないふりをしてやることにした。


「行きましょう、師匠」

「ああ、行こうセレナ」


 そして俺とセレナは一日がかりで精神が抜かれた融合魔術師全員を元の状態に治して回った。

 こうして、融合魔術師ばかりが狙われたこの一連の事件はなんとか収束を向かえたのだった。

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