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61話 対峙する

 一時間後。

 地図上の点に導かれて岩場にやってきた俺たちは、ついにジャハトの居場所を特定した。


「……あそこみたいだね」


 大きな岩に身を隠しながらエルディンが言う。

 俺とエウラリアはそれにコクリと頷きを返す。


 俺たちの目と鼻の先には、仄暗い洞窟が存在していた。

 成人男性が余裕を持って通れるくらいの入り口の洞窟は、静かにぽっかりと口を開けている。


「本音を言えば、君たちには危険すぎると思うんだけど……行くんだよね?」

「もちろんだ。ここまで来て引き返すなんてあり得ない」


 たしかに俺が役に立てるかと問われれば大分怪しい。

 だがここで突入するのを躊躇う気持ちは一切なかった。セレナの無残な姿とイルヴィラの慟哭を見た俺には、突入する以外の選択肢などハナから存在していない。

 エルディンは俺の目を数秒見つめ、「……わかった」と首を縦に振る。


「行こう」

「ああ」


 そして、俺たちは洞窟の中へと忍び込んだ。




 ピチャン、ピチャンとどこからか絶えず水滴の垂れる音が聞こえてくる。

 日光の光が当たらないからか、じめじめとした湿気に全身が覆われているようで、洞窟の中の環境は一言で言ってしまえば不快だった。

 湿気を喜ぶ苔が洞窟のおよそ腰から下の壁を埋め尽くしている。もちろん床もだ。苔を踏みつけるのはあまり感触の良いものではないが、足音を消してくれるのは有難い。

 息をひそめ、存在感を可能なかぎり薄め、俺たちは洞窟の中を進む。


「……」


 先頭を行くエルディンが、俺たちを手で制止させる。

 何かあったのか? 前を覗きこんだ俺の目に映ったのは、瘤のように広がって大きな空間となった洞窟だった。

 角度の問題で中の全容は未だ見えない……が、エルディンはすでに人の気配を感じ取っているようだ。

 エルディンが気配を読み間違えるとは思えない。

 ならばいるのだろう。ジャハトがここに。


 さらに慎重に、俺たちはその広がった空間へと足を踏み入れる。


「随分と険しい顔の客だな」


 ……いた。

 奥に、一人の男が立っていた。その傍らには黒い羽の妖精の姿も見て取れる。

 つまり――


「――お前がジャハトか」

「いかにも。俺がジャハトだ」


 黒髪の男は俺の問いに肯定を返した。

 イルヴィラの言った通り、死んだ魚のような目をした男だ。

 無機質で、生きている感じがしない。

 抑揚のない喋り方がその印象を増幅させている。


「レナルド、エルディン、気を付けて……! あの妖精、かなりイッちゃってる。人間につく妖精の性格は相性で選ばれるから、多分あの人間も相当だよ」


 人間である俺はまずジャハトに注目した。

 だが、妖精であるエウラリアはまず妖精に注目したようだ。

 黒い羽の妖精はエウラリアと対極の陰鬱な雰囲気を纏っている。たしかにエウラリアの言う通り、ジャハトと気が合いそうな妖精だ。


「……あのチビ、オレと同種か」

「マーシャルの他にもこの世界に妖精がいるとはな」

「ああ、オレも少し驚いた」


 俺たちが目の前にいるにもかかわらず、まるで世間話でもするかのようなトーンのジャハトたち。その目が俺へと向けられる。


「ああそうか、お前がレナルドだな? 最近噂になっている融合魔術師……まさか極意まで至っているとはな。嬉しい誤算だ」


 ジャハトの目が大きく見開かれ、口元が歪む。


「お前の精神も、今までの凡百の融合魔術師たちと同じように抜き取ってやろう」


 瞬間、感じる殺気。

 意思と無関係に一瞬足が竦む。身体が縮こまる。

 その隙を守ってくれたのは、他でもないエルディンだった。


「勝ったつもりになってるみたいだけど、そう上手くいくかな?」


 俺を庇うように一歩前に出て、剣に手をかける。

 ジャハトは目線を俺からエルディンへと移した。

 感じていた殺気が消え、俺の身体に自由が戻る。


「お前は……知っているぞ。エルディンか。ふむ……場所を移させろ」

「そんな提案に乗るとでも?」


 剣を抜くエルディン。

 そんなエルディンに声をかけたのは悪辣な笑みを浮かべた妖精のマーシャルだ。


「……別に乗りたくないなら乗らなくていいが、その場合はここにある融合魔術師たちの精神の塊が壊れてしまうなぁ?」

「マーシャルの言う通りだ。それは俺たちとしてもお前たちとしても避けたいところだろう?」


 精神の塊……?

 聞き慣れない単語に眉を顰めながら、俺はジャハトたちのさらに奥を睨む。

 そこには魔石のようなものが何十個と積み上げられていた。


「それが……融合魔術師の精神なのか?」

「いかにも。まあ魔物でいう魔石のようなものだな。俺としてもこれは傷つけたくはない。計画の為の大事なパーツなんでな」


 人の心をパーツ扱いか……。

 だが、逆に考えればこれは大きな情報だ。

 もしあれが本当にジャハトたちの言う通り、人の精神の塊なのだとしたら、それを元の肉体に戻してやることで人々の、そしてセレナの意識を取り戻すことができるかもしれない。

 そしてそのためには、絶対に傷はつけちゃいけない。


 エルディンにアイコンタクトし、同意を得る。

 そしてジャハトに告げる。


「……お前がクソ野郎なのは分かったが、提案には同意する」

「助かる。お前らが何も考えずに特攻を仕掛けてくるような馬鹿じゃなくて有難い限りだ」


 そして、俺たちは勝負の舞台を洞窟の外の岩場へと移した。

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