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53話 あの男の登場

 そしてそのままお昼も食べ(イルヴィラが作ってくれた。本当にめちゃくちゃ美味かった)、腹も膨れて少し眠くなってきた頃。


「誰か来たわね」


 イルヴィラが身体を玄関の方へと向ける。

 誰か来たって……チャイムも何も鳴らされてないぞ?


 ピーンポーン。


「おお……っ」


 マジか。

 チャイムが押される前に来客に気付くとか、そんな離れ業できんのかよ。

「気を張ってないと無理よ? 普段から気が付けるわけじゃないわ」と謙遜気味に言うイルヴィラだが、気を張っていれば気が付けるというだけで十二分に凄いと思う。

 少なくとも俺には何年経っても真似できる気がしない。


「で、誰かしらね。一応あたしが出るわ」

「お姉ちゃん、気を付けてね……?」

「わかってる。あなたたちも警戒だけしておいて」


 そう言い残し、イルヴィラは玄関の方へと歩き出す。

 最後の言葉に従って、セレナは丈夫な造りの革エプロンを急いで着込み、エウラリアは爪楊枝の剣を構えた。

 そうだな、俺も二人のように出来ることはしておくべきだろう。あとで「あの時何かしておけばよかった」と思っても遅いからな。


 腰に据えた木剣に手をかけ、ゆっくりと引き抜く。

 イルヴィラがこちらまで取り逃がした相手にこんなもので勝てるとは思えないが、時間稼ぎくらいなら出来るかもしれない。


「じゃあ、開けるわね」


 イルヴィラが告げる。

 俺たち三人は生唾を呑みこみ、頷いた。

 家の扉が開けられる。


「やあ、呼ばれたから急いで帰って来たよ」


 そこにいたのは金髪の美青年、エルディンだった。


「……なんだ、エルディンか」

「おいおいレナルド、なんだとは傷つくよ。これでも急いで帰ってきたんだよ?」


 相変わらず見る者を魅了する爽やかスマイルでエルディンは言う。


「ああそうだな、悪い。ありがとうエルディン」

「うん、どういたしまして」


 考えてみれば、国で一番の実力者なエルディンが俺のためだけに王都まで帰ってきてくれたんだもんな。

 その間にもっと凄い報酬が出るような依頼だってあっただろうに。

 そう考えるとエルディンとの縁があった巡り合わせに感謝だし、エルディンにはもっと感謝しないとだ。


 玄関から中に入って来たエルディンと俺たちはリビングで軽く話をする。

 まず切り出したのはイルヴィラだ。半目をエルディンに向けている。


「帰ってきてくれたのは有難いけど、それならまず声を出しなさいよね。気配も曖昧だったから、本当にジャハトが攻めてきたのかと思ったじゃない」


 ああ、たしかにイルヴィラの言うことは一理あるな。

 もっとわかりやすくやってきてくれれば俺たちもこんなに緊張しなくて済んだのに。


「いや、それはそのー……」


 エルディンは途端に口ごもった。

 そんなエルディンに、セレナが不思議そうに尋ねる。


「? エルディンさん、何か理由があるんですか?」

「えーと、その、あれなんだよね。……びっくりさせようと思って」

「ズコー! 何さそれ!」


 エウラリア、反応良いなお前。

「ズコー!」とか口に出すヤツ初めて見たよ。


「びっくりって……まあある意味びっくりしたけどね」

「ごめんって。ちょっとしたサプライズのつもりだったんだ」

「そんなサプライズいらないよ! ボクの愛刀が火を噴くところだったんだからね!」

「参ったな、エウラリアには言いかえせないよ……」


 こんなにタジタジになっているエルディンは初めてだ。

 というか意外とわんぱく気質なところもあるんだな、エルディンって。

 ますます少年心の塊みたいな人間じゃないか。




「色々と土産話もあったんだけど、また今度にした方が良さそうだね」


 ひとしきり話をした後、エルディンは俺の方へと腕を差し出した。

 なんだろうかと疑問に思う俺に、彼は告げる。


「話はイルヴィラから聞かせてもらったよ。レナルド、君の警護は僕が承ろう」

「よろしく頼むよ」

「もちろんさ。優れた融合魔術師は国の宝だからね」


 俺はエルディンの手を取る。

 安心感を覚える、がっちりとした逞しい手だ。

 優男風なのにこういうところは冒険者なんだよな……ギャップで女性もイチコロそうだ。


 とまあ、それはともかく。

 エルディンがやってきてくれたことで、俺は自分の店に戻ることになった。

 店が出来たばかりでこんなことになったから、「帰るべき我が家」感はまだ全然ないが、我が家は我が家に変わりない。さあ、帰ろう。

 おっと。その前に、見送りに外まで出てきてくれたイルヴィラとセレナに感謝を告げなきゃだな。


「これであんたら二人との共同生活もお仕舞ね。短い間だったけどありがと」

「こちらこそだ。ありがとうイルヴィラ」


 イルヴィラが守っていてくれたおかげで、俺の不安はかなり軽減された。

 もし一人きりだったら、狙われている不安感で今頃どうにかなってしまっていたかもしれない。


「イルヴィラの料理、とっても美味しかったよ。また食べさせてほしいなー」

「この騒動が終わったらいくらでも作ってあげるわよ」

「本当!? 楽しみに待ってるよ!」


 エウラリアは相変わらずの食道楽だ。

 でもまあ、こういう時でも変わらずいつも通りでいてくれる存在ってのは貴重だよな。

 で、次はセレナとの挨拶か。……って、セレナ?


「し、師匠……寂しく、なります……!」

「今生の別れ見たくなってないか?」


 なんでそんな号泣してるんだよ。

 セレナ、そのうちまた会えるから。別に死ぬわけじゃないんだぞ?


「えぐっ……えぐっ……。師匠ぉ……!」


 セレナは服の裾で涙を抑えようとするが、そんなものでは歯止めが効かないようで、涙はどんどんを頬に流れてくる。

 おいおいまずいぞ。俺はこういう事態には慣れてないんだ。

 目の前にいるのにおろおろすることしかできんぞ。


「……おいエウラリア、これは俺はどうしたらいいんだ?」

「あー、レナルドがセレナを泣かしたー! いーけないんだいけないんだ、せんせーに言っちゃおー!」


 子供かお前は。


「うちの妹がこんなにレナルドに懐いてるなんて完全に予想外だわ……! 嫉妬しかない……!」


 お前も子供か。

 って、いや、そうじゃなくて!

 誰か今この状況の解決策をくれよ!

 そうだ、エルディンっ! いつも紳士な振る舞いをするこの男なら、この解決策も分かるはず!


「セレナちゃん、大きくなったなぁ」


 うーん、的外れ。


 駄目だ、誰一人役に立ちゃしねえ。

 もしかして、俺が深刻にとらえ過ぎてるのか?

 いや、でも滅茶苦茶泣いてるしなぁ……。


「ぐすっ……ずびっ……えへ、えへへ」

「え……?」


 あれ? 段々笑ってきてる……?


「別れが悲しくて泣いてしまいましたけど、良く考えれば別れがあるからこそ再び会えた時の嬉しさが感じられるんですよね! 師匠、また会いましょう!」

「ああ、うん。そ、そうだな。また会おうセレナ」


 この子、俺にはよくわかんない。


 とまあそんなこんなで、俺はイルヴィラとセレナの家を後にするのだった。

【書籍化のご報告】

おかげさまで書籍化が決まりました!

書籍版のタイトルは『脱サラ転生魔術師は職人芸で成り上がる』となります!

MFブックス様より3月24日発売です!

皆様のおかげです、ありがとうございます!

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