43話 気持ちはちゃんと伝えたい
「うっわぁー、本当に師匠だ! 今までどこにいらしたんですか? 私、師匠のこと結構探したんですけど見つけられなくって」
セレナが小さくピョンピョンと跳ねながら俺に詰め寄って来る。
嬉しさを抑えきれない様子を見ていると、こっちまで顔が綻んでくるな。
ほんの少しの間しか関わっていなくて覚えているかも不安だったのに、こんなに慕ってくれていたのは素直に嬉しい。
「田舎の方でひっそりと融合屋をやってたんだ。客入りは全然だったけどな。……それよりセレナ、凄いじゃないか。聞いたぞ? なんでも王都で一番の融合魔術師だとか」
「師匠の教えの賜物ですよ。それに、私は王都一かもしれませんけど師匠は世界一……いや、宇宙一ですからね! まだまだ敵いません」
肩にかかる程度の赤い髪を左右にブンブンと振りながら、そんな風に謙遜するセレナ。
……っと、道の真ん中じゃそんなに長話も出来ないな。
通行の邪魔にもなりそうだし。
「立ち話もなんだし、寄っていくか? ここが一応俺の店だ。……つっても今さっき出来たばっかでまだ何もないんだけどな」
親指で指差しながら提案すると、セレナは残像が見えるくらいの速度で首を縦に振った。
「師匠の店!? 寄ります寄ります! 駄目って言っても寄りますよ!」
「駄目って言ったら諦めろよ……」
慕ってくれてるのは嬉しいけど、なんかちょいちょい怖いぞお前。
俺とエウラリア、それにセレナは店の中へと入る。
まだ何もない店内を、セレナは「ここが師匠の店……!」と喉を鳴らしながら目を凝らしていた。
だから怖えって。
「ねえねえレナルド、この子が昨日行ってたセレナって子?」
「ああ、そうだ」
「可愛いねぇー。むぎゅむぎゅしたいねぇー」
むぎゅむぎゅってなんだよ。あんまり変なことするんじゃないぞ――っと、危ない危ない。
セレナにはエウラリアは見えてないから、不用意に話すと変に思われ、る……って、あれ?
セレナのやつ、めちゃくちゃエウラリアのこと凝視してないか?
「妖精……? え、妖精!? なんで!?」
「え、キミ、ボクのこと見えるの……?」
「み、見えます! うわぁ、すごい、初めて会いました!」
セレナが興奮した声を上げる。
どうやらセレナの目にもエウラリアが見えているようだ。
「ボクが見えるってことは……キミも極意まであとちょっとのところまで来てるってことか! しかも融合魔術の!」
そういうことになるな。
ってことはセレナのやつ、俺と別れてからもちゃんと真面目に融合魔術に取り組んでたんだな。
じゃないと極意の習得目前までなんて到底いけっこないし。
……やばい、ちょっと泣きそう。
弟子の成長を実感するとこんなに嬉しいもんなのか。
親心というものの一端を感じられた気がする。
子供を持つってこんな気持ちなのかもなぁ……。
「あ、あの、私セレナって言います!」
「ぼ、ボクはエウラリアだよ! リアって呼んでね!」
と、俺が物思いにふけっている間に二人は自己紹介を始めていた。
互いに興奮しっぱなしのようで、両者ともテンションが高い。
なんだか軽く置いてきぼりを喰らった気分だ。
そんな俺の前で、どんどん二人の会話は進んでいく。
「え? 保存箱を出せる……って、どういうことですか?」
「ふふん、こういうことだよ」
エウラリアが魔石の保存箱を自慢げにセレナに見せつける。
この保存箱によって、通常であれば融合屋でしか行うことができない魔道具の融合が路上でもどこでも行えるようになる。
その利便性は、優れた融合魔術師であればあるほど身に染みてわかるものだ。『融合の極意』習得間近の人間ならそれこそ言うまでもない。
保存箱を見たセレナのくりんとした丸い目は、さらに丸く大きく変化した。
「す……すっごい……! すごすぎますよこれ! 私も欲しいです! リアちゃん凄いですね!」
「そ、そんなに褒めるなやい、照れちゃうじゃんか」
頭に手を当てながら、エウラリアは照れ笑いを浮かべる。
それを見てセレナは自分の胸にキュッと手を当てた。
「こんなに可愛い子が融合魔術を司る妖精だなんて……。私、より一層融合魔術への情熱が深まりました……!」
「おお、それは嬉しいや。ボクは融合魔術に一生懸命な人が大好きだからね。……って、レナルド!? なんでそんな隅っこで小さくなってるの!?」
ああ、気づかれちゃったか。
なるべく存在感を消してたんだが。
「いや、二人の邪魔しないようにと思ってな……。会話に割り込もうとも思ったんだけど、そんなスキルは俺にはなかった……」
「ご、ごめんなさい師匠! 師匠抜きで盛り上がり過ぎました!」
「ぼ、ボクもごめんね? ついつい夢中になっちゃって……!」
セレナが俺の腕をとって立ち上がらせてくれ、エウラリアが顔のすぐ近くで声をかけてくれる。
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。別に責めてる訳じゃなくて、自分の情けなさに打ちのめされてるだけだから……」
勝手に落ち込んだあげく二人に気を遣わせる……なんという情けなさだ。これは酷い。
二人の優しさが余計に心に刺さった、ある日の夕方だった。
それからしばらく店内で話し込んだセレナは、夜が更け始めてきたところで「もう遅いので、また来ます!」と言って帰っていった。
セレナを見送った俺とエウラリアは、二階の住居スペースへと上がる。
「元気な子だったねぇ」
エウラリアがしみじみと呟く。
「ああ、そうだな。昔と全然変わらない。一緒にいたときのまま大きくなった感じだ」
「にしても、何気に君の周りって凄くない? アルシャは笛が凄いし、エルディンとイルヴィラは超一流の冒険者だし、セレナは王都で一番の人気と実力を持った融合屋でしょ?」
「たしかに」
考えてみれば色々な分野の一流の人間ばかりだな。
その上、妖精のエウラリアまで傍にいるんだからいよいよだ。
「……なんか俺、そこに混じると場違いじゃないか?」
「いやいや、自信持ってよレナルド! キミも充分凄いから!」
「そ、そうか? ならいいんだが……」
そう言いながら、俺は安物の布団に『快眠』の魔石を融合し、即席で魔道具を創り上げた。
薄かった布団が瞬く間に厚さを増す。
一度寝ると一年間は目を覚まさないスリーピングガーという魔物からとれる『快眠』の魔石を使えば、安物の布団でも寝心地はバッチリだ。
そのまま何事もなく布団に入った俺を見て、エウラリアは呆れたような半目で言う。
「ほら、そんな片手間みたいに融合魔術を行使できる時点で普通じゃ考えられないんだから。こんなことが出来るのに凄くないって、そんな戯言はボクが許さないんだからね」
それもそうか。
たしかに融合魔術に関しては誰にも負ける気がしないし、負けたくない。
今まではそこまでしか考えていなかったが、そんな俺が彼らに対して劣等感を持ってしまえば、それはつまり融合魔術自体の価値を貶めることにもつながるんじゃないだろうか。
それは断じて許されない。
なら、俺も胸を張って彼らと同じ位置にいることを認めよう。
「おかげで自分の中に今までとは違う種類の自信が湧いてきた」
「それならいいんだ。レナルドは融合魔術のことは自信があるくせに、それ以外のことだとすぐに自信なくなっちゃうからね。キミはもっと自信を持っていいんだよ」
優しく微笑むエウラリア。
こんなに出来たパートナーに巡り合えて俺は幸せだ。
この感謝の気持ちはちゃんと言葉にしなきゃだよな。
「エウラリア、いつもありが……ぐぅー、ぐぅー……」
「あ、ちょっと!? お礼は最後までちゃんと言ってほしいんだけど!?」
「すぴー」
「すぴーじゃなくて!」
結局感謝の気持ちを伝えきる前に、自分が創った快眠布団の魔力に負けて眠りに落ちてしまう俺だった。




