38話 試験
試験官のジョンは試験の詳細を俺に伝え始める。
「君にやってもらいたいことは単純。用意されたものと用意された魔石を融合させるだけ。目の前を見て貰えば分かると思うけど、試験は全部で四つあるよ」
たしかに俺の前には四つの布が並べられている。
この下に魔石が用意されているということだろう。
「で、こっちが融合される方の素材ね」
ガタガタと運ばれてきたのは、盾、シャンデリア、マントだった。
それぞれが対応する魔石の前に用意されていく。
「残った魔石は何に融合すればいいんだ?」
素材が三つ、魔石が四つ。数が合わない。
事実、一つの布の前には何も置かれていない。
「ああ、それは成績優秀者だけが挑める試験って感じでね。大体の人は最初の三つで時間切れになっちゃうから使われないんだけど、もし時間が余った場合は挑戦してもらうことになってるんだ」
ジョンは俺の質問を想定していたようにスラスラと答える。
もしかしたらこれから説明するところだったのだろうか。
なら悪いことをしたな。
融合魔術のこととなると歯止めが効きずらいのだ。
でも、そうか。
ジョンの説明によるとつまり、早く三つを融合しきらないと四つ目の魔石を融合させることはできないってことだな。
魔石を目の前にして融合をおあずけされるなんて拷問に等しい。
やってやろうじゃないか、四つ目まで完璧に!
「おお、レナルドが意気込んでる! 頑張ってね!」
エウラリアにコクリと頷く。
「制限時間は六時間だよ。基本的にはこの三つが時間内に融合できれば合格だ」
三時間で三つ出来れば合格……ということは、一つ当たり二時間か? やけに長いな。
普通は一つ当たり一時間がいいところなのだが。
難易度の高い試験ってことだろうか。望むところだ。
「準備はいいかい?」
「ああ」
「健闘を祈るよ。……じゃあ、試験開始だ」
そして、ジョンの言葉で試験が始まった。
まずは右端からやっていくか。
盾の置かれた場所の布をめくる。
出てきたのは、ゴツゴツと荒々しい青色の魔石。
これは『硬質化』だな。
なるほど、盾に『硬質化』……一般的な組み合わせだ。
ただ、盾自体は元来融合には向きにくい素材である。
盾の役割は守り。ようは拒絶する役割なので、魔石を融合してもなじみにくいのだ。
「やるか」
まあ、融合に向かない素材だとしても用途ががっちりかみ合っているのでこの組み合わせはかなり普及している。
これさえできないのなら、融合魔術師にはなれっこないだろう。
左手に魔石を持ち、テーブルの上に置かれた盾に上から押し付ける。
バチバチバチ、と融合反応の青い火花が発生する。
数十秒続いたそれは、やがてフッと消滅した。
「よし、完成……っと」
このくらいは朝飯前だろう。
基本中の基本すぎて語ることもない。
さて、次だ次。
次はシャンデリアと組み合わせる魔石か。
布をめくると、濃い紫色をした魔石が出てきた。
それと共に室内に充満するワインの濃厚な香りに、思わず鼻に手を当てる。
なるほど、『芳醇』ね。
シャンデリア自体には何の仕掛けもなさそうだが、この芳醇という魔石は厄介だ。
この特性を持っている魔物はフレグランスフラワーという植物型の魔物なのだが、魔物自体が非常に刺激に弱いのだ。
「触れば枯れる。触らなくても枯れる」という言葉がよく言われたり、メンタルの弱い人に対する言葉として「お前フレグランスフラワーかよ」と揶揄したりするくらいには弱い。
芳醇の魔石もその性質を少なからず受け継いでおり、本来はとてもいい匂いなのだが、融合が上手くいかないと途端に豆が腐ったような匂いに変化してしまうのだ。
かなり扱いが難しい魔石である。
これは、最初よりちょっと時間がかかりそうだな。
なるほど、この魔石があるなら六時間という時間設定にも納得がいく。
所要時間が普通の融合の二倍はかかるらしいからな。
慎重に魔石を手に取る。
そして衝撃を与えないよう、ゆっくりとシャンデリアに近づけていく。
ここで焦っちゃ駄目だ。
融合反応をどれだけ少なくできるかがポイント。
融合が始まると、すぐに頭の中でイメージが広がった。
何もない空間で、フレグランスフラワーがぽつんと咲いている。所在なさげなその雰囲気は、他の魔物のイメージとは一線を画していた。
それを繊細に掘り起こす。現実の世界で融合反応を起こさないよう、慈しむようにゆっくりと。
俺は冒険者をやっているだけあって、どちらかというと荒々しい魔物の魔石を力で押さえつけるタイプの方が得意だ。こういう作業はどちらかというと不得手。
だが……それでも俺は融合魔術師だ。やってできないことはない。
少しずつ少しずつ、魔石を融合させていく。
「……ふうっ」
一時間半ほどがたっただろうか。
ようやく魔石を融合させることに成功した。
甘い匂いが部屋を包み込む。
良い匂いだが、それにつられて手を止めている場合ではない。
「これで三つ目だな」
これをクリアすればとりあえずは合格。だが、俺の目標はさらにその先の四つ目だ。
なるべく時間を余らせてクリアしたい。
マントの前に置かれた魔石の布をはぐ。
「……?」
……ああ、あった。
一瞬驚いたが、目を凝らしてみてようやく魔石を見つけることができた。
中から出てきたのは半透明の魔石。これは『透明化』だな。
透明な魔物、シースルーサーペントからとれる魔石だ。
透明だから、捕食の様子が良く見えると魔物学者からは評判の良い魔物らしい。
マントに透明化の魔石を融合させるのか。盾と硬質化ほどではないが、良く見る組み合わせだな。
視覚で捉えられなくなるというのは大きなアドバンテージだ。
ただ、感覚が鋭い相手には意外と簡単に看破されるので注意が必要らしいが。例えばシエンタとかには効果は薄いだろうな。
まあ、これも簡単な部類だな。
難しかったのは芳醇だけか。
ものの十分もすれば、俺は魔石を融合し終えていた。
これで試験は合格か。
しかし、喜びは全く湧いてこない。だって、まだ魔石が残ってるのに喜んでなんていられるか?
喜んでいる暇があるなら融合したい。
呆気にとられて立ち尽くしている試験官に声をかける。
「試験官……ジョンだったか? 見ての通り、三つとも終わったぞ。四つ目に挑ませてくれ」
「あ、ああ……わ、わかった」
驚いた様子のジョンが、俺の元に最後の素材を運んでくる。
運ばれてきたのは、顔程の大きさの氷塊だった。
「氷……。ああ、なるほどな。もうアタリはついた」
俺は魔石の布をめくる。思った通りだ。
布の下では、赤い魔石が熱を発し続けていた。
「氷に『発熱』……これはたしかに骨が折れるな」
素材と魔石が反対の特徴や使い道を持つ場合は、融合反応が激増する。
融合のさせにくさは飛躍的に増大し、所要時間もそれに比例する。
というかそもそも、氷塊に発熱を融合しても使い道など思いつかない。
おそらくこれは難易度だけを追求したお題だな。
随分と趣味が悪い……だが、最高だ。
時間は……あと四時間くらいか。
だけど、素材の方がそんなに持たないな。氷だし、発熱の魔石と融合させるとなったら持って一時間程度だろう。
まったく、テンションが上がってきちまうぜ。
気合入れ直して頑張んなきゃなぁ……!
「サラマンダーのお出ましか」
仮想空間で、俺は発熱の魔石の持ち主であるサラマンダーと向かい合う。
コイツを圧倒出来れば発熱の勢いが弱まるはず。そこを一気に融合するしか、成功させる方法は無い。
だが、サラマンダーはかなり強力な魔物だ。しかも今回は時間制限まである。俺が勝てるかどうかは微妙。
……いや、心の強さが大事なこの空間で微妙なんて言っている時点で勝てないかもしれない。
だが、だからといって諦めたりはしない。
「おらあああああっ!」
氷が解けるより早く、発熱の魔石を融合してしまえばいいだけの話だ。
融合反応を技術で最小限に抑え、両者を無理やり融合させていく。
融合が進み、仮想空間のサラマンダーの四肢が凍る。ここまでくればこちらのものだった。
凍ったサラマンダーを仮想空間で圧倒。邪魔するものもいなくなりさらに速度を増した融合反応は、結果として三十分もかからずに終了した。
「はぁ……終わった」
さすがに四連戦は疲れたな。だが、いい経験になった。
「試験官、合否は?」
「ご、合格だよ、もちろん」
こうして、俺は融合魔術師適性試験に一発合格した。




