21話 にゃんにゃん
「さて、今度は僕たちの力を見せる番だね」
「エルディン。あんまりゆったりしてると、あたしが二体とも倒しちゃうわよ?」
エルディンに不敵な笑みを向けるイルヴィラ。
しかしエルディンは動じない。
「へぇ、レナルド君に褒められたからやる気が出たのかな?」
「ち、違うからっ!」
よくあんな強そうな魔物二体を相手に暢気に談笑できるな……。
俺は二人の邪魔にならないよう下がって、二人の戦闘を見守ることにする。
「じゃあ大きい方はやる気のある君に任せて、僕は小さな方をやるよ」
エルディンは剣を縦に振る。
特に力も篭っていないようなその動作にもかかわらず、その剣からは見事な剣撃が飛んだ。
飛んだ剣撃を避けたジャバラベアーは左右に分断され、エルディンは小さな方の目の前に立つ。そして軽やかな動作でジャバラベアーへと斬りかかった。
それを苦々しい顔で見ているのがイルヴィラだ。
「なんなのよアイツぅ……! すぐ人を信用する癖になんであんなに腹黒いのよ、もう!」
イルヴィラは髪をクシャクシャと乱暴に掻きながら、もう一匹のジャバラベアーの前で槍を構える。
「このムシャクシャをあんたにぶつけるわ。恨むならエルディンを恨みなさいよね!」
そう言って、手に持った白い柄の槍をジャバラベアーへと振るった。
ジャバラベアーは屈強な前脚でそれを防ぐ。やはりあの身体は見かけ倒しではないらしい。
「へぇ、力は大したものね」
そう軽く言うイルヴィラだが、俺はそんな彼女にも驚く。
イルヴィラの槍とジャバラベアーの腕の力は拮抗しているのだ。
その細腕の一体どこからそんな力が生まれるというのだろうか。
トップクラスの冒険者が持つ人外じみた能力の一端を目の当たりにし、俺は少し感激していた。
俺が冒険者に専念したところで到底届きようのない世界。
自分ではどうやっても及ぶべくもない範疇まで至った人間に対して抱く感情は、いつだって尊敬だ。
そんなことを考えている間にも、戦闘は進んでいた。
一旦距離をとり合い、イルヴィラとジャバラベアーは再び接近する。
イルヴィラが槍を振り、ジャバラベアーは茶と灰の毛皮が生えている腕を斜めに振り下ろす。
またもぶつかり合うか――と思った刹那、ジャバラベアーは腕を大げさなまでに空振らせた。
一瞬何が起きたかわからなかった俺だが、すぐに理解する。
イルヴィラが『砂化』を利用して、ぶつかるはずだった箇所を砂にしたのだ。
あるべきはずの感触が無かった結果、腕と槍とがぶつかり合う衝撃に身構えていたジャバラベアーは、情けなくも一回転してしまったということだろう。
「あたしを相手にするには大きすぎる隙よ」
イルヴィラは『砂化』を解除した白槍の先をすぐさまジャバラベアーの喉元へと向け、今度は『伸縮』を使用した。
流れるような動作で彼女の背丈の三倍以上に伸びた槍の切っ先は、ジャバラベアーの喉元を見事に切り裂く。
イルヴィラはそのまま槍を横に薙ぎ、ジャバラベアーの頭と胴体を切り離した。
「ガッ……ッ……!」
声にならない声を発しながら、ジャバラベアーが地に伏せた。
「ふぅ」
イルヴィラは小さく息を吐く。
それを見て初めて、あれだけの相手と戦ったのにもかかわらず特に息も乱れていないことに気が付いた。
俺も戦闘の才能はある方だとは思っていたが、やはり天辺と比較すると天と地ほどの差があるな。
目の前で繰り広げられた戦闘を勝利で飾ったイルヴィラに、俺は拍手を送っていた。
「凄いなイルヴィラ。感動した」
「べ、別に! こんなの普通だし!」
「いや、普通じゃない。少なくとも俺にとっては、他人が戦っているところに畏敬の念を覚えたのは初めてだ。俺が融合した武器をあれだけ上手く扱ってもらえて、本当に融合魔術師冥利に尽きるぞ。ありがとう」
「……う、うん」
イルヴィラは焦ったように髪をくるくると回しながら告げる。
「……あんた、意外と良いヤツなのね」
「本心を言っただけだ」
そんなことを話していると、エルディンが近づいてきた。
「イルヴィラの戦闘センスは僕以上だよ。会うたびに強くなっていくし、頑張らないとすぐに抜かれちゃいそうだよ」
「あんたの余裕綽々なその態度が気に入らないわ、すぐに抜いてやるんだから!」
「余裕なんてないんだけどなぁ……」
困ったような顔で笑うエルディン。
エルディンの方も戦闘はすでに終了したようだ。
俺は小声でエウラリアに声をかける。
「エウラリアはエルディンの方を見てたよな。どんな感じだったんだ?」
するとエウラリアはパチパチと瞬きを繰り返しながら言った。
「一撃で斬り伏せてたよ、まるでスライムでも斬るみたいに……。彼って本当にすごいんだねぇ」
「そりゃすごいな」
その戦闘も是非見ておきたいところだったが……。
俺はそう考えかけ、ブンブンと首を横に振ってその考えを払しょくする。
同時に行われた二つの戦闘を両方見るなんてことは俺にはどうあがいたって無理なことだ。
ならば、一つしか見られなかったと思うのではなく、一つでも間近で見ることができた幸運を喜ぶべきだろう。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。レナルド君の実力が本物だってことも充分証明されたしね」
ジャバラベアーとの戦闘から数時間後。
それからいくつかの戦闘をこなした俺たちは、帰路につくことにした。
森の出口が見えてくるにつれ、張り詰めていた神経が弛緩していく。
それと同時に感じる疲労度合いはいつもよりも深い。
俺自身が戦う機会はほとんどなかったが、それでもトッププロと共に森に入るという経験に、知らず知らずのうちに体が緊張していたようだ。
だがそれでもなんとか、何も起きずに森を抜けることだ出来た。
「……レナルド」
森を出たところで、イルヴィラが俺を呼びとめる。
「なんだ?」
「う、疑って悪かったわね。あなたの腕は凄いわ。あなたは本物の融合魔術師だった」
「わかってもらえたならそれでいい。それに、良いものも見せてもらったしな」
自分の作った武器をあれだけ上手く使ってもらえて、不満などあるはずもない。
融合魔術師をやっていたよかったと改めて感じる機会が貰えたことを感謝したいくらいだ。
「そう……ありがと」
今まで常に怒っているか凛々しい顔をしているかだったイルヴィラが、優しく笑う。
控えめで小さな笑顔だったが、それでも破壊力は抜群だった。
危ない危ない、もし俺が十代やそこらだったら一瞬で恋に落ちてたぞ。
二十八の今でも恋に落ちかけたけど。
なんにせよ、今回は万事が万事上手くいった狩りだったな。
……でも何か忘れているような……。
「あれ、レナルド。にゃんこ言葉はいいの?」
ああそうだ、それだ。
よく覚えてたなエウラリア。
「そういや、にゃんこ言葉もしてもらえるんだっけか?」
俺がそう告げると、イルヴィラの表情が一気に険しいものに変わる。
「ぐっ!? ……お、覚えてたの……!?」
「ああ、まあ。覚えてたというか、なんというかな」
エウラリアがいなければ俺も思い出さなかったのだが。
チラリとエウラリアの方を見ると、なにやら熱弁を繰り広げていた。
「可愛い子のにゃんこ言葉をさぁ! ボクが見逃すわけがないだろう!? そうだろう!?」
熱く語っているが、内容のせいで全然カッコ良くない。
むしろどちらかというとゲスい気がするんだが……。
「や、やるわ! やればいいんでしょ!」
イルヴィラはそう言うが、明らかに無理をしているように思える。
「なあイルヴィラ、あまり無理ならやめても――」
「冒険者は信用が命、約束を違えるわけにはいかないわ!」
キッと鋭い顔で言うイルヴィラ。
顔とは裏腹に声が震えているのを見ると、余計なことを言ってしまったかなぁと良心が痛むな。ズキズキだズキズキ。
イルヴィラはふう、と一つ深呼吸をする。
そして俺とエルディン、ついでにエウラリアが見ている中で口を開いた。
「……や、槍をありがとだにゃん。疑ってごめんなさいだにゃん」
……破壊力。
「……こ、これでいい?」
一拍おいて、イルヴィラは恥ずかしそうに染まった頬を隠しながら言う。
「頑張ったな、イルヴィラ」
「頑張ったね、イルヴィラ」
「可愛いよぉ、ハァハァ!」
発情妖精が全力で発情しているが、イルヴィラには見えないから大丈夫だろう。
多分お前、見えてたら切り裂かれてるぞ。
「ぐぅっ……二人して馬鹿にして……! あんたたち、覚えてなさいよ!」
でもまあ、最初に会った時の顔よりこっちの方が年相応な気がするな。
「イルヴィラ」
「……何よ」
「覚えておくにゃん」
「ああっ! あんたまだ馬鹿にしてるでしょ!? してるわよねっ!? もう怒ったんだからっ!」
さすがにからかいすぎてしまったようだ。
俺は赤い顔をしたイルヴィラに追われながら、ピースバード亭へと逃げ帰るのだった。




