10話 海の街、オーシャニア
祭りの翌日。
俺とエウラリアは再び列車に乗り、町を発っていた。
既に乗車してから数時間。昼下がりということもあり、窓からは気持ちの良い太陽の光が差し込んでいる。窓を開けると、ほのかに塩の匂いがした。
窓から顔を出してみると、肌に塩気のある風が当たる。
「レナルド、海だ!」
エウラリアが声を上げる。
彼女が小さな指で指差す先には、青く輝く生命の母が雄大に広がっていた。
エウラリアは顔を上気させ、窓にギリギリまで近づいて海を見つめている。
「降りてみるか?」
「いいの!?」
先の町で購入した旅行誌を捲りながら、海の近くの町の情報を探す。
こういうのがあると便利だと気付いたのは俺のナイスプレイだったな。
「なになに……お、この辺は漁業が盛んらしいぞ。『海巫女』と呼ばれる、笛を吹いて船を見送る人たちがいるんだと。その笛の音はとても素晴らしいって書いてあるな。せっかくだし、エウラリアも一度聴いてみたいよな?」
目線を送ると、コクコクと何度も頷きを返してくる。
「へぇ! 聞いてみたい聞いてみたい! じゃあ、降りるってことで決定でいい?」
「ああ、もしかしたら色々特徴的な魔石が見れるかもしれないしな」
「相変わらずの魔石バカだねぇ。魔石も良いけど、今は海だよ海!」
「とても融合を司る妖精が言うセリフとは思えん……」
「細かいこと言わないのっ!」
しばらくして、列車がホームに止まる。
すると、エウラリアは俺の頭に乗った。
俺は彼女を頭に乗せたまま、列車を降りてホームに足をつけた。
大抵の町は、ホームの周りが一番発展している。
他の町から人がやって来るのは今やほとんど列車によってであり、つまりそういう人たちに向けて町の「良い面」を見せるのが通常だからだ。
しかし、この町――オーシャニアに関してはどうも違うようだと、降り立ってから気づいた。
発展は、している。まだホームに降りたばかりで周りの様子を全て窺い知ることはできないが、それでもわかる限りでも俺の故郷と比べれば数段質の良い建物が並んでいる。
しかしホームには酒瓶のようなものが散らかり放題で、まだ昼下がりだというのに酔いつぶれている人間も何人かいた。
どことなく不安を感じながら、ホームを抜けて町へと出る。
とりあえず、中央通りのようなところに向かった。
「……なんか、想像と違うね」
「うーん、確かにな」
寂れた、とまではいかないが、町全体がどことなく元気がないように見えた。
あいにくの曇天も相まって、通りには暗い雰囲気が漂っている。
「あんな綺麗な海で漁業を営んでいるのだから、きっと明るい人間性の人々が住む町なんだろう」という俺の根拠の乏しい推測は、どうやら的外れだったようだ。
しかし、それにしても少し暗すぎる気がするが……。
「……よし、誰かに話でも聞いてみるか」
「えっ!」
何か問題でもあるのかとエウラリアを見ると、彼女は心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫? レナルド、知らない人と話できる?」
「俺はお前の子供か」
「だって心配だからさぁ。キミって口下手だから、相手を怒らせたりしちゃうんじゃないかと思って」
そんなことがあるわけ……普通にありそうだな。
「……まあ、注意しておこう」
……こういうことは苦手なんだが、旅をすると決めた以上は仕方ない。
苦手だからで避けられる問題ではないからな。
なるべくフレンドリーに、不快感を与えないように。
それを胸の中で反芻しながら、話しかけても大丈夫そうな相手を探す。
酔っている相手は論外だ。のんだくれ相手に聞きたいことを聞きだす技術は俺にはない。
なるべく話しかけても大丈夫そうな人を探して十分。
ようやく話しかけられそうな相手を見つけた俺は、小走りに近づいた。
「すまない、話を聞きたいんだが」
「あん?」
男はこちらを振り向くと、上から下まで何度も視線を往復させる。
なんだか全てを見透かされているようで、居心地が悪い。別にやましいことなどないのだが……。
「ああ、いいぜ。何のようだ?」
よかった、なんとか話はさせてもらえるようだ。
「不躾な質問ですまないが、この町は些か活気がないように見える。なにか原因があるのではと思った次第なのだが、理由に何か心当たりはあるだろうか」
「……やっぱり町の人間じゃないよなあんた。道理で知らない顔だと思ったんだ」
先程じろじろと見てきたのは、俺が見覚えのない人間だったかららしい。
見知らぬ人間がいきなり話しかけてきたら、警戒するのも当然か。
上手く会話しようとするとどうにも色々なことを考えすぎて、逆に考えが及ばない。会話って難しいな。
改めて自身の社会性の欠如を自覚する俺に、男は町に元気がない理由を説明してくれる。
「知らないで来たのか? ここ数ヶ月ずっと海が荒れてんだ。お陰で船が出せずに、漁業に頼りきりなこの町は今極限状態ってわけだ」
「列車から見た海はそうは見えなかったが……」
日光が海に反射して、とても綺麗な光景だった。
海も穏やかだったように思えるし、船が出せないほど荒れているとはとても思えない。
「ああ、沖の方はな。嘘だと思うなら海岸に行ってみりゃいい。とても船なんて出せる状態じゃないことがわかるだろうさ。天気も悪いし嫌になって来るぜ、ったく」
男の言葉で、頭の隅にどこかで引っかかっていた違和感に気づく。
……そういえばそうだ。
空を見上げた俺に見えるのは、分厚い灰色の雲。太陽は少しも見えない。
列車に乗っていた時は太陽が燦燦と輝いていたはずなのに、町に着いた途端にこの曇天模様とは……たしかにこの分だと、海が荒れているというのも嘘ではないのだろう。
「海神様の祟りなのかもしれねえって町の間じゃ噂になってるよ。ピリピリしてるヤツも多いから、話しかける相手には気を付けることだな。俺みたいに気さくな相手を選ぶといいぜ?」
男はそう言って軽く茶化す。
きっとこの閉塞した雰囲気に嫌気がさしているのだろう。
「これからどうするのか」と聞いてみると、「事態が収まるまでは別の町に稼ぎに行く」と答えた。丁度列車に乗ろうとしているところだったようだ。
「話を聞かせてくれてありがとう。感謝する」
俺は男へ金貨を一枚手渡す。
「おっ、くれんのか? ありがとよ。じゃあな」
男は振り返らないまま軽く手を振りながら、列車に乗り込んでいった。
「……ふぅ……」
男の後ろ姿が見えなくなったところで、俺はため息を吐く。
頭に乗っていたエウラリアは俺の頭をよしよしと撫でている……ようだったが、手が小さすぎてよくわからない。
「うんうん、やればできるじゃないか。見直したよ」
「そうか」
「このままいけば、すぐに愛想もよくなっちゃうんじゃない? やるね~このこの~」
「うん」
と、エウラリアが眉を寄せる。
「……ちょっとレナルド、ここで口下手を発揮しなくていいんだよ?」
「わかる」
「本当にわかってる!?」
詰め寄るエウラリアを見ながら、俺は先程の会話を思い返す。
やはり全くの他人との会話は神経がすり減るな。
こういう触れちゃ駄目そうな話題に触れなきゃいけない場合は特にだ。
幸い気さくな人だったからよかったが……。
「やっぱり俺はエウラリアとしゃべってるのが気楽でいいな」
「ボクのような美人を捕まえて、言うに事欠いて気楽とは……レナルドって実は大物なんじゃなぁい?」
エウラリアは腰をくねらせて髪を手で梳く。
微笑ましいとは思うが、魅惑的とかそういう言葉とは程遠かった。
「うんうん、お前は美人だなぁ」
「あっ、ちょっと!? 今あしらったでしょ!」
「さぁ、とりあえず一旦海を見に行ってみるか」
耳元で大声で抗議するエウラリアと共に、俺は海の様子を見に行くことにした。




