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元シスター、悪役令嬢に転生したので修道院行きを目指したら、俺様侯爵様に溺愛されました  作者: 有木珠乃
第一章:学園編

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第40話 護衛の意外な雇用主

 シルヴィ嬢が学園に戻ってきて二週間。不気味なほど何も起きなかった。

 フィデルが私の護衛になったことは、エミリアン王子の傍にいれば、嫌でも分かるはずだ。それなのに、何も仕掛けてこない。


 いやいや、これではシルヴィ嬢からの嫌がらせを待っているみたいじゃない。学園で平和に過ごすために、ミュンヒ先生に協力を仰いだというのに。

 まるでシルヴィ嬢のように、好感度を上げようとしているみたいだわ。


「なんだか拍子抜けだな」


 無事に補習を終え、私のクラスに在籍することになったフィデルが、ボソッと呟いた。その目的が護衛であるため、席は勿論、私の隣。誰にも聞こえないくらいの音量でも、私には届くのだ。


 けれどこのクラスにはシルヴィ嬢もいる。エミリアン王子の近くで、何食わぬ顔をしているが、おそらく聞こえたことだろう。楽しげにエミリアン王子へ話しかけているシルヴィ嬢の声が、一瞬だけ止まったからだ。


「フィデル様。ミュンヒ先生に言われなかったの? 言葉には気をつけろ、と」

「あっ……でもさ――……」

「退屈なのは分かるわ」

「それだけじゃない。腕が鈍る」


 脳筋め。


 特にやることがない放課後は、よくフィデルの特訓を見学させられた。ある時は花壇の世話をしている横で腕立て伏せをし、ベンチで読書をしている前で素振りをする。

 シルヴィ嬢どころか、懇意にしてくれていた令嬢たちまでもが遠巻きにするほどだった。


 私は……それでフィデルの気が済むのなら、と心を無にして対応した。一応、私には害がないのだから。

 実害があるのは、ミュンヒ先生の研究室に行けないこと。放課後だけでなく、昼食の時間も……叶わない日々が続いていた。だけどそれも、今日までだ。


「安心して、フィデル様。明日になれば、退屈している暇もなくなると思うから」

「本当? それは楽しみだな」

「……この後行く場所では、本当に言葉には気をつけてね。この学園を卒業したいのなら、尚更。たった一言で、叶わなくなったら嫌でしょう?」

「ま、まさか!?」

「うん。呼び出しがあったの。今日の放課後は行くわよ。ミュンヒ先生の研究室へ」


 嘘だろう!? とまるでこの世の終わりのように頭を抱えるフィデル。どうして二度と足を踏み入れない、と思ったのだろう。たった二週間、ミュンヒ先生の研究室に行かなかっただけなのに。



 ***



 フィデルとは逆に、待ち遠しく思っていたことに気づかされた。今朝、寮に届いた手紙もそうだ。久しぶりに見る彼の文字を何度も読み返し、なぞっていたせいで、危うく遅刻しそうになった。

 そして今。研究室の扉を開けた瞬間に感じた空気。少しだけ感じる埃っぽさは、しばらく開かれていなかったことを証明しているかのようだった。また、この古書特有のちょっとかび臭いのも、懐かしく思える。


 だけど一番は……目の前にいる人物だろう。私に笑いかけ、名を呼んでくれた。


「オリアーヌ」

「ミュンヒ先生!」


 傍にフィデルがいることも忘れて、私は駆け寄った。そんな行動も筒抜けだったのだろう。ミュンヒ先生は研究机の奥にある椅子ではなく、手前に腰かけていたのだ。


 両手を広げて私を受け入れる。背中に回った腕が力強く抱きしめ、私はミュンヒ先生の存在を全身で感じた。

 その腕が次第に上へと移動し、私の赤毛を梳く。と思ったら後ろから顎を掴まれて、距離を取られた。途端、ミュンヒ先生の顔が近づき……。


「ストッッッッップ!」


 さらに後方にいるフィデルの声で、私の頭は再びミュンヒ先生の体に押しつけられた。次第に実感する羞恥。


 私はなんてことを……と思っている暇もなく、ミュンヒ先生の低い声が研究室に響いた。


「フィデル。知らないのなら教えといてやろう。護衛対象には最大限、配慮しないとクビにさせられるぞ」

「といっても俺はまだ学生ですし、そもそもミュンヒ先生は雇用主ではないから問題ありません」

「え?」


 どういうこと? だってあの時、ジスランに『学園長に護衛を付けてもらうように頼んでいる』と言ったのは、ミュンヒ先生じゃない。それなのに……。


 私はミュンヒ先生の体を押して、問いかけるように見上げた。けれど、その答えは後ろから聞こえてきた。


「カスタニエ嬢の婚約者はエミリアンで、ミュンヒ先生じゃない。一生徒であるカスタニエ嬢に対して、教師が一方的に護衛を付けることはできなんだ」

「でも、学園長が許可してくれたのよ」


 頼んだのもミュンヒ先生なのだから、雇用主だってミュンヒ先生でしょう?


 振り向いてフィデルに訴えたが、同意は得られなかった。


「それは……カスタニエ卿が『オリアーヌに護衛を付けたかどうか、この目で確かめなければ帰らない』と駄々をこねたからだ。学園長の性格を見れば……分かるだろう?」

「しかも護衛の内容に、ミュンヒ先生からも守るように、と契約書に書かれていたんだ。シスコンと名高いカスタニエ卿からの頼みなんだから、つまりそういうこと、ですよね、ミュンヒ先生」

「お前の正式な雇用主は、オリアーヌの父であるカスタニエ公爵だ。そっちの頼みを忠実に守らんでいい」

「そういうわけにはいきませんよ。わざわざ俺のところにまで、頼みに来たんですから。無下にはできません!」


 いつの間に……いや、ジスランを見送った時にはもう、フィデルが護衛をすることが決まっていたのかもしれない。帰り際に、『オリアーヌに何かあったら、ただではすみませんから』と言っていたのだ。


 あれはただの脅しだと思っていたのに……。


「というのは建前で、早く話を聞かせてくれたら、お望み通りにします」

「フィデル様?」

「カスタニエ嬢が言ったんじゃないか。『退屈している暇もなくなる』って。俺、それが気になって仕方がないんだ」

「オリアーヌ?」


 余計なことを言ったようだな、という副音声付きで、後ろから肩を掴まれた。


 どうやら私は、攻略対象者二人の取扱説明書を読み間違えたようだった。

 子どものようなフィデルには、興味を与えたら、最後まで面倒を見ること。嫉妬深いミュンヒ先生に至っては、他の男とのエピソードを聞かせてはならないこと。いや、他の攻略対象者の好感度を上げたことだろうか。


 これでも悪役令嬢なのに……どうしてヒロインのような苦労を……。


 新たな情報を、脳内にある取扱説明書に書き込みながら、「ごめんなさい」と謝罪した。

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