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86 初詣

 1月3日。

神社近くで待ち合わせすると、

松永は黒いコートにグレーのマフラー姿で立っていた。


「……今年もよろしく」

「はい、こちらこそお願いします」


 参道は人で溢れていて、押されそうになる。

すると松永が、さりげなくマナの腕を軽くつかんだ。

「マナ……はぐれるなよ」


その低い声と手の温かさに、心臓が跳ね上がった。

(……なんで、こんなにドキドキするんだろう)


───


お参りを終え、マナは笑顔で言う。

「おみくじ引きましょう!」


二人並んでおみくじを開く。

「……わ、大凶……」


「マナ、顔に出すぎ」


(でも……恋愛、待ち人近くって……)


松永は自分のおみくじを見せる。

「俺、大吉」

見ると『待ち人近く』


「えっ……内容同じじゃないですか」 


「替えてやろうか?」

「え、なんでですか?」


「……その方が、マナが喜ぶかなと」


ふっと、目元まで柔らかく笑う松永。

仕事中には見たことのない、優しい表情。


(……あぁ、やっぱり松永さんの事好きだな)


胸の奥がじんわり熱くなる。


───


 神社から少し離れた並木道。

提灯の明かりも届かない静かな場所で、松永が立ち止まった。


「……マナ。伝えたいことがある」


振り返ったその瞳は真剣で、鼓動が一気に跳ねる。


松永がゆっくり息を吸い込み、言葉を探すように俯く。

その大きな手がわずかに震えているのが、なぜか分かった。


「俺さ……」


もう一度、息を吸う。

唇が開きかけて、閉じる。

小さく、決意を固めるように拳を握る。


松永が目を上げ、まっすぐマナを見つめる。



「マナの事……」



 ──その時。


プルルルルッ!!!


静寂を裂くように、スマホがけたたましく鳴った。


「えっ……すみません!」


慌てて画面を見ると、

『東京 03』の番号。


「東京……?」


「出たほうがいいぞ」

松永が静かに促す。


「す、すみません……!」

電話に出る。


「はい、瀬川です。はい……。えっ! 本当ですか!?」

ぱあっと顔が明るくなる。


「はい! はい! メールも確認します! ありがとうございます!!」


電話を切った瞬間、

マナは弾けるように笑った。


「松永さん! パティシエのコンクール、書類通過しました!! 東京の本予選に行けます!」


「……っ」

松永の胸が一瞬強く鳴る。



「……すごいじゃないか。マナ、本当に……よくやったな」


「実技審査、がんばります!」

マナがキラキラした目で見上げてくる。


「……あっ、さっき何か言いかけてませんでした?」


松永は一瞬だけ黙り、

ゆっくり目を伏せる。


(実技審査は細工がある……練習が必要だ)

(マナの夢が動き出した……)

(今、俺が気持ちを伝えたら……足を引っ張ってしまう)


(……恋愛なんてしてる場合じゃないだろ。マナは)



「……マナの事……」


代わりに、そっとマナの頭に手を置く。

「応援している……って言いたかった」


「東京の実技審査……全力でがんばれ」

「はいっ! がんばります!」


マナは屈託のない笑顔で頷く。


松永はその笑顔を横目に、こっそり拳を握りしめた。


(……俺の気持ちは、もう少しだけ隠しておくか)






続く

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