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80 雪の降る夜

12月23日、午前3時。


23日当日販売のケーキを仕上げる厨房。

クリスマス前夜の準備は想像以上に時間がかかり、時計は深夜をまわっていた。


「……これで全部終わり、ですね」

マナが、ふぅと小さく息を吐き、手を拭う。


「もう3時か……」

松永が腕時計に目をやる。


「うわ、そんな時間……」


 厨房には静寂と、ほんのり甘い焼き菓子の香りだけが残っていた。

ふと外を見れば、街はすでに静まり返り、白い雪が音もなく降り積もっている。


ジャケットを羽織り、マナは鍵を握る。


けれど、扉を開けた瞬間——


「……松永さん。これ、無理です。雪、すごすぎます」


白銀の世界。うっすら積もるどころじゃない。

道路がすでに埋まり始めていた。


「漫画喫茶まで行けるか?」


マナは車の方を見やるが、不安しか浮かばない。


「……松永さんの家って、この近くですよね?」


松永がわずかに眉を動かす。

「……ああ、徒歩15分くらい」


「今から運転するの、危ない気がして……」



少しだけ、勇気を出す。


「……シャワーだけ、お借りしてもいいですか?」

「えっ……」


松永の目が揺らぐ。


「すみません……生クリーム少し髪に飛んでしまって……」

「それからお店で仮眠しようかと」



数秒の沈黙。

松永は一瞬だけマナを見つめる。



「……行くか」


たった一言。

その言葉に、マナの胸の奥がふっと温かくなる。


───


 

「お邪魔します……」

そっと靴を脱いで、マナは松永の家に足を踏み入れる。


整ったシンプルな空間。物は少ないのに、落ち着く気配がある。


「シャワー、使って。タオル、洗いたてが棚にある」

「俺は先にコーヒー淹れるから」


「……ありがとうございます」


そうして、マナはバスルームへ。

熱いシャワーが、体の芯をじわりと解かしていく。





───


「シャワーありがとうございました」

タオルで髪を拭きながら、リビングに戻ると、温かい湯気の立つコーヒーが用意されていた。


「飲んでて。俺もシャワー浴びる。そのあと送るから、少し休んでろ」


「あ……ありがとうございます」


リビングのソファに腰を下ろし、手の中に湯呑みを包む。

コーヒーの香りが、胸の奥にふっと染み込んでいくようだった。


(今日は疲れたな……でも、不思議と心が静か)


マグカップを片手に、マナはふと窓の外を見る。

静かな雪が、深い夜を淡く照らしていた。



そして、次の瞬間。


気がつけば、意識がゆるりと遠のいていた。


 

───


 松永がシャワーから戻ると、マナはソファの上で静かに眠っていた。


カップには、まだ半分ほどコーヒーが残っている。


(……飲みきる前に寝落ちか。子どもかよ)


そう思いながらも、松永の目に映るのは、安心しきった顔で眠るマナだった。


静かに毛布を取りに行く。


(……冷えるだろ)


そっと、マナの肩にかけようとした



──その時。


「……まつながさん……すき……です……」


かすれた寝言。


――ピタ、と毛布をかける手が止まった。


「……っ」


松永は、息をのむ。


もう一度、マナの顔を見る。

目を閉じたまま、穏やかに寝息をたてている。


夢の中にいるらしいその声は、まるで囁くようで。


(……まさか、俺のことか?)


じっと見ていても、寝息をたてて寝ているマナ。

 

「……」



照明を落とし、静かに寝室へと向かう背中。

その足取りは、少しだけ優しくなっていた。


 



続く

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