8 道具に感謝を
マナはてっきり、洗い物、資材の箱折りの雑用から仕事が始めると思っていたので驚いていた。
「じゃあ、マナちゃんにはパレット、はさみ、フエとかの道具アルコールで拭いて貰おうか」
※パレット=ナッペ用のスパチュラ/フエ=泡立て器
パレットは7本。
そのうち2本だけ、持ち手が木製で、色が褪せていた。ずっと使い込まれているのが伝わってくる。
布にアルコールをしみこませてステンレス部分を拭くと、鏡のようにやわらかく光った。
松永はペティナイフを砥石で研ぎながら
※ペティナイフ=小型ナイフ
「そのパレット2本、フランスで買って、パリの道具屋でもう廃番になっていて、13年くらい使ってる」
「そうなんですね!」
松永のペティナイフを見ると、
通常のペティナイフより刃の部分の幅が短くなっている何年も砥石で削られるとこのような形になる
「それは、学生の時に大阪で買ったペティナイフ、名前掘ってもらって、研ぎ過ぎて幅短くなったけど、捨てられない」
「えっ……すごいですね、それ」
「大事にしてるだけ、ずっと使ってると、勝手に馴染むんだよ」
マナはパレットを磨き、
はさみも拭くと、刃の部分に専門学校のロゴが見えた。専門学校時代のはさみなのだろう
「松永さんは道具をとても大切に使われるんですね……」
ホテル勤務の時はマナが洗い物をしてるとパレットはシンクに投げて入れられ、ボウル等はシンク横の床に乱暴に置かれていた事を思い出す。
新しいはずのボウルはよくへこんでいた。
「道具無かったらパティシエの仕事出来ないからね。手で生クリーム塗れないでしょ。だから大切に、『俺の所に来てくれてありがとう』って思いながら手入れしている」
マナはそんな考え方があるのかととても驚いた。
その後も松永は丁寧に冷凍庫、冷蔵庫を硬く絞ったダスターで拭いていた。
「いつも『お疲れさん』って、『うちの厨房来てくれてありがとう』って思いながら掃除してる」
オーブンのガラス部分、取っ手部分も丁寧に拭いてツヤがでていた。
マナはお客さんから見えない厨房部分も綺麗なのは松永が丁寧に手入れと掃除をしているからだと理解した。
「マナちゃん、持ち手が木製パレットの短い方使って、マナちゃんの手のサイズに合うと思う」
「大切な道具私が使ってもいいんですか?」
「きっと俺よりもマナちゃんが使った方がパレットも喜ぶよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
パレットを改めて持ち、
『よろしくね』心の中でそっと唱えた
「じゃあ、道具の手入れ終わったから今からケーキの材料仕入れに行くか」
「はいっ!」
「今から多分汚れるから、着替え室にフリーサイズの作業着置いてある。それに着替えてくれるか?俺も着替えて車持ってくる」
(ん?作業着?汚れる?ケーキの材料って市場に果物買いに行くとかじゃないのかな?)
丈夫そうな作業着に着替えて、勝手口を出ると軽トラが止まっていた。
「じゃあ仕入れに行くか、車乗って」
マナはただただ驚いていた
次回へ続く




