78 クリスマスの仕込み
12月中旬、夜21時。
厨房はオーブンの熱でじんわりと暖かく、寒さを感じる暇もない。
スポンジ生地をひたすら焼き続け、もう何十回目の動作か分からなくなっていた。
マナはタイマーの音でオーブンを開ける。
ふわりと甘い香りが広がるが、腕は重く、膝の力も抜けそうになる。
ふと横を見ると、松永は卵を割り、次の計量をしていた。
淡々とした動きは変わらないけれど、その表情には疲れが滲んでいる。
「……松永さん、少し座りません?」
声をかけると、松永は時計を見て小さく息を吐いた。
「……そうだな」
二人は折りたたみ椅子に腰を下ろす。
オーブンの余熱が、ほんのりと身体を温めていた。
松永が肩を回し、ゆっくり両手を伸ばす。
「松永さんって、ほんと休まないですよね」
「休むより終わらせた方が早いからな」
「でも、明らかに疲れてます」
そう返すと、松永は視線を落とし、苦笑した。
「……まぁ、少しな」
マナはペットボトルを差し出す。
「はい、水。飲んでください」
「……ありがとう」
静かに受け取るその仕草に、妙に胸が温かくなる。
「松永さんって、頑張りすぎですよ」
「マナもだろ」
思わず笑い合う。
「クリスマス終わったら、少しゆっくりできますね……あ、でも書類審査が通ったら練習が待ってますけど」
「……そうだな」
短いやりとりなのに、不思議と心が落ち着く。
忙しさの中で、言葉を交わす時間がいつもより長い。
それだけで、特別に感じられる。
「今日の焼き具合、大丈夫でしたか?」
「ああ、いい感じだ」
「……よかった」
静けさの中、二人で過ごす一瞬の休息。
マナはふっと息を吐き、自然に微笑んだ。
(大変だけど……こういう時間、好きだな)
そして、また立ち上がり、オーブンへと向かう。
「マナ、明日の定休日、しっかり休めよ。休み明けから家帰れるの夜中になるから」
「わかりました」
来週はいよいよ、クリスマス本番……。
続く




